いいものには物語がある。
贈ることも、受け取ることも、
その背景を知ればもっと面白い。
“Thoughtful Giving”。
それは、物語ごと贈るという新しい選び方。
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江戸寛政年間に創業し、200年以上の歴史を持つ京都の老舗『山田松香木店』。その次男である初代が東京に店を構えてから43年、麻布十番の地で今のライフスタイルに寄り添う香りの文化を届けているのが『香雅堂』だ。 長い歴史の中で育まれてきた日本の香文化を現代に伝えているのが、二代目の店主・山田悠介さん。香りを潜在的に必要としている人に届けることを目指す山田さんに、文化発信の拠点となる麻布の店舗で話を聞いた。 「溢れるように」導かれた二代目の道 もともと大学卒業後はIT企業で働いていたという山田さん。『香雅堂』を手伝い始めたのは、2011年、東日本大震災があった年のことだった。 「両親から『店を継いでほしい』と言われたことは一度もなかったんですよね。ただ、学生時代にここで1年ほどアルバイトをしていた時期があり、また幼い頃から父が香木を割って焚く香りがいつも側にあり、働く姿も近くで見ていたので、言語化できないような小さな積み重ねが心の中に溜まっていたのかもしれません。あるときコップから水が溢れるように自然と店で働こうと思ったんです」と当時を振り返る。 『香雅堂』のルーツは、香道の本場である京都にある。200年続く『山田松香木店』が本家にあたる。 「伝統を守っていく京都に対して、僕らはその本質を踏まえ、リスペクトを持ちながらもお香の世界を開いていく存在でありたいと考えています。そういった役割分担があることで、文化的な広がりが生まれるんじゃないかと思うんです」とその矜持を語ってくれた。 「聞く」ことで完成するゲーム、そして絶滅危惧種のタイムカプセル そもそも香道とは、室町時代に成立した日本の伝統的な芸道。香木を間接的に加熱し、立ち上る香りを「嗅ぐ」のではなく「聞く」と表現して、自らの精神性や情景を鑑賞する。 体験香席の様子。 「茶道や華道と同じように流派があり、お作法が決められている一方で、実は非常に豊かな遊びの要素を持っています。みんなで集まっていくつかの香りを聞き分け、『何番目の香りと何番目の香りが一緒だったか』を当てるゲーム性がある。仕組みさえ分かれば誰でも直感的に楽しめる奥深さがある芸道です」 この香道において主役となる「香木」が、今、とりわけ希少なものとなっているという。 「香木はジンチョウゲ科の樹木が傷ついた際、自らを防御するために分泌した樹脂の塊です。それが50年から100年という時間をかけて変化することで、あの独特な芳香を放つようになります。その性質上、ハイエンドでハイクオリティな天然香木に関しては自然にできたものを使うしかありません。需要があるからといって、おいそれと作ることができるものではないんです。香木店である僕らでさえ、すでに40年前から新しい仕入れのルートが立っていない状況です。そのため現在は0.2gや0.4gといったごく少量の単位で販売しており、月にどれくらいの量を売るかも制限していかないと、一瞬で全部売れてしまう、まさに絶滅危惧種のような存在なんです」 香道にはお道具も欠かせない。一階奥のスペースには美しい香道具が、まるで美術館のように展示されている。 歴史を紐解けば、飛鳥時代に日本へ渡来して以来、宗教的な要素や精神性とも深く結びついてきた香木。平安時代には『源氏物語』に描かれるように貴族たちが衣服に香りを焚き染め、戦国時代には武将たちが自らを鼓舞し、非日常へのスイッチを入れるために香りを求めた。目に見えない煙と香りは、いつの時代も人々に特別な時間を提示してきたのだ。 この極めて希少な香木を見極めるため、山田さん自身も日々香木の鑑定も行っている。 「香木には白檀、沈香、伽羅といった種類があり、そのなかで香道では香りを産地や特徴から6つに分類するという区分けもあります。お寺やご自宅にある香木をお持ちいただき、そのどれに当たるかを見極めていくというお仕事です。実際に焚いてみて、香りを聞いて、『緑系の伽羅だな』といったように色で表現したり、香りの酸味、甘み、苦味の強さなど、時間を追った変化も見ていきます」 鑑定を通して客観的に香木と向き合ってきた山田さん。最近は、いろいろなアーティストとの交流などを通して、少し香木との向き合い方に変化があったのだそう。 「香木はナチュラルにできるものなので一つひとつ香りのニュアンスが違います。『この香木はこういう香り』とある程度目星をつけて鑑定しているのですが、ときどき『こんな香りをしていたの?』とハッとさせられるようなこともあるんですよね。あるとき、そういう香木の持つ特性について話していて、『香木をもっと特別なものだと思っていいんじゃないですか』と言われたことがありまして。たしかに今まで、香木をフェアに見ようとしすぎて、香木の持つ特別な魅力に向き合っていなかったのかもしれないと。最近はそういう主観も大切にしながら香木を見つめていきたいなと思うようになってきています」 入口を広げ、暮らしと文化をつなぐ「交差点」へ 香木が希少となり香道がさらに遠い存在になりつつある今、山田さんはそのハードルをあえて下げ、現代の暮らしに取り入れる提案を続けている。1階エントリーコーナーにはスティック香や匂い袋など生活になじむアイテムを取り揃え、奥のコーナーでは香木や本格的な香道具を実際に見ていただけるという二部構成。2階に設えられた和室のスペースでは、香道の入り口になるようなカジュアルなワークショップも開催している。 特にコロナ禍で家にいる時間が増えたことを契機に、家で香りを楽しむ文化は確実に拡大しているという。 「コロナでおうち時間が増えたことで、お香を見直していただいた印象があります。フレグランス系のトレンドを一通りやり尽くした感があったところで、スティック香という形状が違うだけで、同じ香りのはずなのに、そこから受け取れる解像度が変わってくるというところも楽しんでいただいているようです。火をつけて煙が立ち上るというビジュアルも含めて、気持ちを切り替えるスイッチとして楽しむ人が増えているんでしょうね」 ...
Vol.3 ミラノ デザインウィーク 2026 レポートノート - 12枚のタペストリーが紡ぐ、グッチ 105年の軌跡
【イタリアでグッと来た、暮らしをハッピーに彩るコトやモノ】 Vol.3 イタリアに息づく、日常の何気ない瞬間を楽しむというライフスタイルから、特別なことではないけれど日々を少しハッピーに彩るコトやモノをご紹介している連載のVol.3では、ミラノで開催された「ミラノ デザインウィーク」のレポートです。会期はすでに終了していますが、イタリアで心を動かされた出来事として、アーカイブとして綴ります。 「最後の晩餐」のあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会 ミラノがデザインとアートで包まれる 4月のイタリアは、太陽の光がいっそう眩しく、街全体がワントーン明るく感じられる季節。今年はちょうど良いタイミングが重なり、4月21日から始まったミラノ デザインウィークを訪れることができました。 「ミラノ デザインウィーク」は、毎年4月にミラノで開かれる世界最大級のデザインの祭典です。ミラノ郊外の見本市会場で行われる「サローネ・デル・モービレ(ミラノサローネ)」と、市内各所で展開される「フォーリサローネ」の2つで構成され、期間中は街全体がデザイン一色に染まります。 展示の対象は家具にとどまらず、ファッション、自動車、ライフスタイルなど多岐にわたり、世界180カ国以上から建築家やインテリアデザイナー、バイヤー、観光客が集結。15世紀の修道院や貴族の邸宅といった歴史的建築が展示空間として活用されるのもイタリアならではで、街を歩くだけでまるで美術館の中にいるような感覚に包まれます。 今年は期間中、世界中から約30万人がミラノに集まったそうです。その中から、訪れたエキシビションの内容をお伝えします。 ミラノの"芸術の中心地"ブレラ Audi × Zaha Hadid Architects 105年の軌跡を織り上げる「Gucci Memorial」 グッチのアーティスティック・ディレクター、デムナによるキュレーションで構成された今回のエキシビション「Gucci Memorial-グッチメモリアル」は、105年にわたるブランドの歴史を象徴的に再構築し、多面的な進化とクリエイティブの軌跡を提示するもの。会場となったのは、ミラノ中心部に位置する歴史的建造物、サン・シンプリチャーノ大回廊(Piazza Paolo VI, 6)。長い列を待ち、入場できたその空間にはグッチの象徴であるフローラプリントがリアルに再現され、花々が咲き誇るボタニカルガーデンのような世界が広がっていました。その美しさは圧倒的で、ブランドの世界観を立体的に体験できる場となっていました。 また、エントランスにはオリジナルの自動販売機が設置され、入場コードをかざすとオリジナルドリンクが出てくる仕掛けもありました。こうした伝統と革新が同居する演出の幕開けから、時代を牽引してきたグッチのアイデンティティーが感じられました。 ブランドの105年の軌跡を紡ぐインスタレーションは、フィレンツェに古くから伝わるテキスタイル工芸をルーツとした12枚のタペストリーで構成されています。物語は、創業者グッチオ・グッチがロンドンのザ・サヴォイで過ごしていた時期を描いた、トラベルケースに手を添えている印象的なタペストリー「The Gift」から始まります。 歴代デザイナーの歩みを象徴的なシーンとして織り込んだタペストリーの数々には、ブランドへの敬意が感じられ、同時にデムナの視点による再解釈が静かに息づいています。伝統と革新が交差するその表現は、グッチというブランドの奥行きを改めて認識させるものでした。 ...
葉山の幸福なデスティネーション。オーナー桐島ローランドさんが語る偶然と縁が導く「Felicity」での新たな挑戦
カメラ、バイク、CG。常にカルチャーの最前線を「体当たり」で切り拓き、趣味を究めて仕事にしてきた人、桐島ローランドさん。そんな彼がいま、情熱のすべてを注いでいるのが、神奈川県・葉山のロードサイドに佇むカフェ『Felicity(フェリシティ)』だ。 「縁に導かれた偶然で」と笑うローリーさん。ニューヨーク、東京、そして世界中の砂漠を走り抜けてきた彼が、なぜいま、葉山でコーヒーを焙煎しているのか。その経緯を辿ると、そこには「縁」という名の、不思議な一本の線がつながっていた。 葉山への移住、そしてバイクとつながる再会 移住のきっかけは、コロナ禍という予期せぬ天災だった。 「もともとは息子を連れてアメリカに住むつもりで家も買っていたんです。でも、パンデミックで計画が白紙になってしまった」。 導かれるように姉の桐島カレンさんが住む葉山へと拠点を移したローリーさん。当初はアメリカから送り返される荷物を保管する倉庫を探していた。そこで出会ったのが、この物件だった。 そこは、2023年まで40年近く続いた伝説的なカスタムバイクショップ『幸福商會』の跡地。70年代、中国製の「幸福」というヴィンテージルックなバイクの輸入から始まり、後に英国車カスタムの聖地となった場所だ。 昔からトライアンフなどの古いバイクが好きだったローリーさん。『幸福商會』が本牧にあったことは知っていたが、移転先が葉山だとは知らなかったのだという。 この場所を訪れた瞬間、「倉庫にするにはあまりに惜しい空間」だと感じた。この場をいかにして活かすかを考えた結果、自分で購入しカフェにするという決断に至ったのだと。 幸福を意味する英語「Felicity」を店名に冠すことで、かつての聖地への敬意を払い、ローリーさんの新しい挑戦が始まった。 コーヒーに宿る「現像」の再現性 「カフェをやりたかったわけではない」と言いながらも、一度足を踏み入れれば徹底的に突き詰めるのがローリー流だ。そのこだわりは、カフェの心臓部である焙煎機に現れている。導入したのは、コーヒー界のロールスロイスと称されるドイツ製の銘機「Probat(プロバット)」。 「コーヒーをやっている人がみんな夢見るマシンです。思い切って現金で買いました」というエピソードに、並々ならぬ覚悟が滲む。 ローリーさんにとって、焙煎は「写真の現像」と同じ感覚だという。「カメラマンは温度や時間にシビア。焙煎も現像や料理と似ていて、データをもとに味を追求していく。僕のマシンはデータドリブンで、一度成功した焙煎カーブを完璧に再現できる。でも、全く同じ数値なのに味が変わることがある。そこが魔物であり、ハマる理由なんです」とコーヒーについて語るときのローリーさんは少年のように眩しい表情をする。 現在、11種類の豆を自ら焙煎。とりわけ力を入れているのがブラジルだ。高品質なハンドピックの豆を、素材の甘みが最も引き立つ「シティロースト」で仕上げる。 エスプレッソマシンはイタリア最高峰といわれるヴィクトリア・アーデュイノ社のブラックイーグル・マーヴェリックを導入し、こだわりの一杯を提供 「良い豆をダークにしすぎるのはもったいない。芯まで熱を入れ、いかにえぐみを出さずに甘みを抽出するかを研究している」。その語り口は、職人のそれである。 デスティネーションとしてのキラーコンテンツ 駅から遠く、海も見えない。そんなロードサイドの立地で、いかに人を呼ぶか。ローリーさんが仕掛けたのは、単なる飲食店を超えた「デスティネーション(目的地)」としての体験だ。 試行錯誤を重ねて編み出したレシピとこだわりの材料を使った定番メニュー「サーモンワッフル」。 新商品のラズベリーデニッシュラテ。 「わざわざここに来る理由=キラーコンテンツが必要なんです。火曜の朝はピラティスをやったり、ゲスト講師をお呼びして、写真講座や焙煎教室、編み物教室、個展もやっています。やるなら徹底的に一番いいものを集めています」 ...
茶香アートの革命児・緑川雄太郎さんに聞く、ギフトの思い出
コンテンポラリーアートの分野で、さまざまな展覧会を手がけるアートディレクターであり、近年は茶香人としてアートとお茶の融合を目指す緑川雄太郎さん。「ギフトは時として、ネクストレベルに引き上げるためのインスピレーションをくれる」と語ります。自身の活動の軌跡を紐解きながら、折々でもらったギフトとそれにより芽生えたインスピレーションについて語ってもらいました。 虚無から救い出してくれたアートとお茶 現在、福島県双葉郡にあるミュージアム「MOCAF(MUSEUM OF CONTEMPORARY ART FUKUSHIMA)」のディレクターを務めている緑川さん。原発から10km圏内という特殊な立地から、「ART AFTER HUMAN(人類以降の芸術)」をテーマに探求を続ける傍ら、近年は中国茶と香りを融合させた新しいアートディレクションにも取り組んでいる。 そんな緑川さんがお茶の世界に足を踏み入れたきっかけは、意外にも「虚無感」だった。 緑川さん特製のお茶セット。茶の湯の代名詞である「侘び寂び」。しかし、ガラスの茶器を手にした緑川さんは、「これは『冷え枯れる』と称される侘びではないな」と直感したという。千利休以降の「侘茶」という大きな潮流とは異なる、台湾茶や中国茶に感じる瑞々しさ。「これは浮茶だ、と。これこそが自分が求めていたものだと、すとんと腑に落ちたんです」と緑川さんは浮茶が生まれた瞬間を振り返る。 社会が変わっていく中で、コンテンポラリーアートの意義も変化し、『自分に何ができるんだろう』と絶望とは違う虚無を感じていた時期がありました。その最中、なぜかチャーハンばかりを食べていて(笑)。そんな私を見かねた友人が、『体に悪いから烏龍茶でも飲みなよ』と勧めてくれたんです。言われるがままに飲んでみると、体が温まり、心が解けていくような楽しさを感じました。そのとき「香りを聞く」ための器、聞香杯(もんこうはい)の存在を知り、かつて展覧会で触れた「香りの面白さ」と結びついたことで、一気にその世界へ引き込まれていったのだそう。 「アートパフューマリー」をテーマに緑川氏がキュレーションした展覧会『AP』の会場風景(2023年) お茶の歴史や思想を紐解くと、英語圏をベースにしたアートの世界とは全く異なる景色が見えてきたと語る緑川さん。振り返ると、かつてニューヨークでコンテンポラリーアートに出会った際も、同じような虚無の中にいたのだ、と。 「何かを変えたいという強い欲望が虚無を呼ぶのかもしれません。以前、ChatGPTを使っていた時、虚無を「creative exhaustion(創造的疲労)」と翻訳してくれたのですが、非常に納得がいきました。そういう時を経てこそ、ネクストレベルに行ける。アートやお茶は、虚無を別の方向に変えるきっかけになるのだと感じています」 この日の取材はニッチフレグランスの専門店「NOSE SHOP」がプロデュースする、嗅覚と味覚が織りなす新しい体験のバー「はな( @hana_noseshop )」で行った。香水とドリンクのペアリングは、ローゼルやハイビスカスティーが香る「りんごのハイボール」と香水「1986 エクレティック/Les Bains Guerbois」。 ...
レコードを掘るように、器を掘る。ストリート育ちのカルチャー・ディガー 坂野高広さんと、ディープアジアの話
ストリート、音楽、デザイン。ずっと西洋カルチャーのど真ん中で生きてきた人が、40代で突然アジアにハマる。しかも、山岳民族の刺繍とか、70年代のベトナムの庶民のお皿とか。「自分でも、びっくりです」そう笑いながら話すのは、アジアンヴィンテージストア〈tay〉と〈333〉を手がける坂野高広さん。音楽とデザインの最前線を走ってきた彼が、なぜいま、アジアの手仕事を掘り続けているのか。その理由を辿っていくと、意外なほど一本の線で、すべてがつながっていた。 ニューヨーク、音楽レーベル、そして中目黒 坂野さんは、ニューヨークのスクール・オブ・ヴィジュアル・アーツ出身。キース・ヘリングやKAWSも在籍していた、あのSVAだ。卒業後は、DJ系やジャズラウンジを手がけるイタリアのレコード会社IRMA RECORDSのNY支社で働く。28歳頃に帰国後、日本にIRMA RECORDSの拠点を立ち上げ、音楽レーベルとして活動を継続。音楽制作だけでなく、ライブの演出、Tシャツ制作、ヴィンテージポスターの販売など、音楽を起点にしたカルチャー全体の編集へと表現は拡張し、中目黒に拠点を移した頃には、仕事の8割がデザインに。 現在は音楽部門を分社化し、初台のオフィスがデザインとリテールの基地になっている。 アジアンカルチャーとの出会い 転機は40歳前後。デザイナー仲間と初めて訪れたベトナムだった。 リゾートや観光とは異なる、街中で息づく手仕事。器、刺繍、銀細工。それらは「工藝品」ではなく、人々の生活の中から必然的に生まれたものだった。 とりわけ心を掴まれたのが、1970年代まで使われていた庶民の器「ソンベ焼」。ちょっとフレンチコロニアルの感じがあったり、中国の影響とか、ちょっと雑多で。 戦争と近代化によって姿を消し、アンティークとしても評価されていなかったその存在は、レコードカルチャーでいう「Rare Groove」そのものだった。 当時はあまり評価されていなかったけれど、今の視点で見ると、すごく美しい。しかも、もう窯元もなくなっていて、どんどん消えていく。 「これ、掘らなきゃいけないやつだ!って」この“掘る感覚”が、坂野さんを一気にアジアへと引き込んでいく。 1970年代まで、ベトナムの庶民が日常使いしていたソンベ焼。 ベトナム北部の人々の生活を彩ってきた、40年ほど前のオールドバッチャン焼。 333|モダンアジアのエントリーポイント 「男の自分がここまでハマるなら、これは伝えられるんじゃないかって思った。かわいいだけじゃない何かがあるな、って」「当時(2017年頃)のアジア雑貨店って、カラフルでチープで安い、みたいなのが多かったじゃないですか。そうじゃない見せ方、絶対できると思ったんですよ」 そうして生まれたのが、学芸大学の〈333(バーバーバー)〉。 現在のベトナムやタイの若いクリエイターたちは、驚くほど自由で、感覚がとにかく尖っている。混沌と洗練が同時に存在するエネルギーは、ストリートカルチャーそのもの。 「心がヒリヒリするようなやつをやりたいなと思って」 〈333〉は、その熱量を、日本で伝える場所でもある。 ベトナム語やタイ語デザインのオリジナルTシャツもあれば、若手クリエイターの雑貨もある。混沌と洗練が同時に存在する、〈333〉の空気感。 Tay|ルーツを掘る場所 〈333〉を続けるなかで、知識は増え、見える景色は確実に変わっていく。そして次第に、もっとルーツを見せる場所が必要だと感じるようになる。 〈tay〉はベトナム語で「手」という意味。手で作られ、手から手へ受け継がれてきたもの。 山岳民族の手刺繍、銀の装身具、ヴィンテージの器、民族衣装の一点ものなど、〈tay〉ではルーツとヴィンテージ性に特化したアイテムを扱っている。 「モダンなフォークの見せ方をしたかったんです」 内装はミニマル。コンクリートむき出しのインダストリアルな都会の箱に、フォークロアを詰め込む。 什器は、フランスのアンティークと昭和初期や大正期の日本の家具。西欧、東南アジアと日本の民芸文化が混ざり合う実に現代的な空間だ。 ムオン族の手びねりで作る壺、ホレ族の手彫り像の置物やタイ族の木製カウベル、ミャンマーの竹細工。 ...
香りを飲む。フレグランス思考で構築されたバー「はな」とは?
横丁に潜む、1.5坪の隠れ家 再開発の足音が止まらない街、渋谷。その喧騒からほんの数歩奥へ入ると、細い路地と赤提灯の時間がいまも息づく場所がある。渋谷のんべい横丁。その一角に、カルチャー好きほど反応してしまう一軒がある。名前は「はな」。 手がけたのは、ニッチフレグランスの世界を日本に紹介してきたNOSE SHOP。ここは、“あなたの鼻が主役”のバーだ。 グラフィックデザインを手がけたのは、長嶋りかこ氏。目に見えない香りを、視覚へと美しく翻訳している。 香水的思考で構築された一杯 この店の面白さは、香水の世界で用いられる「ノート(香調)」の概念を、そのままグラスの中に落とし込んでいるところにある。 トップノートの軽やかな立ち上がり。ボディノートの丸み。ラストノートの静かな余韻。 香りと味わいが時間差でほどけていく。花や柑橘、ハーブ、スパイス──素材のニュアンスが繊細に重なり、ひと口ごとに表情を変えていく。 メニュー監修は、mitosaya薬草園蒸留所代表の江口宏志氏。南ドイツで蒸留を学び、千葉県大多喜町で果樹や薬草を原料に蒸留酒やリキュールを手がけてきた彼の哲学が、グラスの中に息づく。自然の個性を尊重した味わいは、どこか詩的で、身体の奥へとゆっくり広がっていく。 『マッチャ・トロピカル』バナナやマンゴー、ドラゴンフルーツを使ったトロピカルな味わいが特徴のオリジナルのリキュール「TROPICAL NOTE」に抹茶を合わせた深みある一杯。 ワインのセレクトは、The Liquid代表取締役の阿部 祥大氏。たとえば《Rose 2017 / BETWEEN FIVE BELLS 2015(オーストラリア)》のように、香りと余韻にフォーカスした一本が並ぶ。※画像はイメージです。 ネパールの伝統的な家庭菓子『マサララドゥ』などをベースにした、ペアリングのお菓子も魅力的。「ツルミ製菓」主宰の 鶴見 昂氏(@hepopec)がコーディネートするペアリング菓子が、香りのレイヤーをさらに立体的にする。※画像はイメージです。 小さな空間、広がる感覚 世界のオルファクティブ・カルチャーを背景に持ちながら、舞台は渋谷の横丁。わずか1.5坪。それでも不思議と圧迫感はない。 店舗デザインを手がけたのは、元木大輔氏(DDAA / DDAA LABO代表)。横丁の歴史に最大限の敬意を払いながら、かつてこの場所にあった名店の素材を活かし、新旧の記憶が混ざり合う空間へと再構築。香りと会話に自然と集中できる、研ぎ澄まされた設計だ。 ...
Columns
「そのままでいいと思えた時」
これまでのコラムで、 植物のことや、整えるという感覚について書いてきました。 急がせないこと。 足しすぎないこと。 無理をさせないこと。 そんな考え方は、 日々のサロンワークの中で 少しずつ形になってきたものです。 今も毎日、 たくさんのお客様と向き合っています。 以前よりも、 むしろ働いている時間は長いかもしれません。 ただ、 仕事の密度は変わりました。 日々たくさんの方と向き合いながらも、 一人ひとりの髪との関係は、 以前よりも深くなっているように感じます。 その違いは、 自分の中ではとても大きなものです。 バッキンガム宮殿の近くの公園 美容師になると決めたとき、 私は日本のサロンには就職せず、 ロンドンに渡りました。 ヴィダルサスーンで学びながら、...
「人生に凛として息づく“経験”というレガーロ」
2月も気づけばもう中旬。 そして今年は、ミラノとコルティナという2つの都市が舞台となる、特別なオリンピックの2月でもあります。 イタリアでの開催というだけで、競技そのものはもちろん、街並みや観客席に映るイタリアの人々の姿に、どこか懐かしさが重なり、いつもより心の距離が近く感じられるのは不思議です。 そんな中で迎えた開会式。 あまりの美しさに息をのむほどで、胸の奥がじんわりと熱くなるような時間でした。今日は、そのエモーショナルな余韻を少し綴らせてください。 歴史、芸術、モード、そしてイタリアのパッション。 イタリアという国が持つ独自の魅力――いわゆる Italianity(イタリアニティ)――が、細部にまで散りばめられた開会式。どの瞬間を切り取っても絵画のように美しく、これほどまでに心を奪われた開会式は、私にとって初めての体験でした。 テーマは「Armonia(ハーモニー)―調和」。 今の世界情勢にそっと問いかけるような言葉であり、演出そのものがそのテーマを静かに、しかし力強く語っているように感じられました。 イタリアでのオリンピックだからこそ、心に響くものがあったのかもしれません。 美しさと情熱が溶け合うあの光景は、きっと長く記憶に残り続ける気がします。 via: Armani "Omaggio al Sig. Armani alla Cerimonia di Apertura dei Giochi Olimpici Invernali Milano Cortina 2026" 開会式の中でも、ひときわ心を奪われたシーンがありました。 イタリア国旗の“緑・白・赤”を基調にした「ジョルジオ アルマーニ(GIORGIO ARMANI)」のパンツスーツを纏った60人のモデルたちが、色ごとに整然と並び、国旗を届けるモデルのヴィットリア・チェレッティを先導して歩く姿。...
『お久しぶりです』
こんにちは。 前回の投稿から1年以上、長いことご無沙汰してしまいました。 そして、あっという間に2月も中旬。大変遅ればせながら、 「2026年が皆様にとって健康で充実した1年になりますように。」 もうかなり前のような… クリスマスから年末年始、いつもの散歩道の様子を。 まずはクリスマス時期から。 サクレ•クール寺院界隈、メトロ アベス駅の広場には毎年小さいクリスマスマーケットが。 午前中に通ったのでまだ人もまばら。 クリスマス期間中、パリのあちこちに(多分)市が設置しているシンプルすぎるクリスマス ツリー。左奥には現在建物の外壁工事中"ジュテームの壁"。暫く金網越しでの写真撮影しかできず。 この界隈にある布屋街もクリスマスデコレーションされ 広場に面して建っている(パリで初めての鉄筋コンクリート建築の)サン•ジャン•ドゥ•モンマルトル教会。レンガとモザイクアートの外観が目を引きます。中を見てまわるのにサイズ感がちょうど良く、また天井から下がる照明が素敵で。 この教会は娘と散歩中によく立ち寄り、2人で椅子に腰かけてしばしぼーっと過ごしたり。 静寂が気持ちを落ち着かせてくれます。 ちなみに普段の広場まわりからサクレ•クール寺院前にかけてはこちら。 最近は雨も多くどんよりした天気が続いていて、空が暗すぎる。 写真も暗い。これがパリの色って感じもしますが…お日様が恋しい。 続いて1月の風物詩。各家庭で飾られていた"もみの木"が無惨な形で道端に捨てられます。 もみの木廃棄用ごみ袋にいれてあるのはまだましな方。 2007年から始まったもみの木回収、だんだん回収場所が増えて、ここ数年近所の公園にも。道端に捨てられることは減ってきてはいるものの、まだまだ目にします。 公園内にできた回収場所。 ...
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Satayam - Khadi Cotton Beach & Bath Towel
The Connoisseurs
Contributors

LIfT オーナーヘアスタイリスト
BAMBI.
日本で美容師免許を取得後、ピーターグレイ氏に師事し、アシスタントとしてロンドンで経験を積んだ後、帰国。都内の某有名大型サロンで11年間働いた後、表参道に2席のみの美容室をオープンする。
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イラストレーター / テキスタイルデザイナー
AOKI CHIE
(aotché design)
95年に渡仏。パリ服飾学校スタジオベルソー卒業後、マルティーヌ・シットボン、ランバン等のメゾンでレザーグッズデザイナーとして勤務。
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JAZZY DOG / JAZZY DOG LIFE 代表
tomoki kobayashi
猟犬の保護犬リンリンを家族に迎えたことをきっかけに犬について学び始め、「スタディ・ドッグ・スクール認定ドッグトレーナー」、「米国CCPDT認定ドッグトレーナー(CPDT-KA)」を取得。2018年から放棄された犬たちの保護・譲渡活動をスタート。
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TRUNK by KITAZAWA レイティエ(トランク職人)
Yu Kitazawa
物作りの一家に生まれ、欲しいものは自分で作っちゃえ、という環境で幼少期を過ごす。10代の頃より革製品を作りはじめ、学生時代よりイタリア、フィレンツェの工房で革の技術を磨く。
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modus vivendi 代表
橋口 麻紀
イタリアのアイウエアカンパニーのラグジュアリーブランドのコミュニケーション、マーケティングを経て、ブランディングを主としたmodus vivendi(モードゥス ヴィベンディ)株式会社を2006年に設立。
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ブランドビジネスコンサルタント / 株式会社モアサマー 代表取締役
稲田 元彦
1966年生まれ東京都出身ファッションビジネスを営む家に生まれ、美術を学び、ブランドを産んで育てる仕事をしてきました。音楽や映画、サブカルチャー好きの自称オタクです。
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