いいものには物語がある。
贈ることも、受け取ることも、
その背景を知ればもっと面白い。
“Thoughtful Giving”。
それは、物語ごと贈るという新しい選び方。
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Stories
新国立劇場の新シーズンは、ロラン・ペリー演出『イタリアのトルコ人』から。 恋をしたい妻と、異国からやってきたプレイボーイ。振り回される夫に、忘れられない元恋人。まるで少し昔の恋愛映画のような人間模様を、ロッシーニは軽やかな音楽とユーモアで描いた。 新国立劇場の2026/2027シーズンを開くのは、ロッシーニのオペラ・ブッファ『イタリアのトルコ人』。『セビリアの理髪師』ほど広く知られてはいないけれど、恋の駆け引きと洒脱なアンサンブルに満ちた、知る人ぞ知る喜劇だ。 今回、とりわけ注目したいのがロラン・ペリーの演出。 19世紀のオペラが、20世紀のポップカルチャーへ 遊び心とスパイスの効いたセンスで、上演のたびに話題をさらってきた彼が今回選んだモチーフは、イタリア発祥の"フォトノベル"。1950年〜1970年にかけて人気を博した、写真と吹き出しで綴られるメロドラマ風の恋愛小説だ。 舞台では、結婚生活に退屈しロマンス小説に夢中になるヒロイン、フィオリッラの空想と現実が入り混じる。登場人物たちは二次元の物語へ入り込み、また現実へと戻ってくる。 19世紀に書かれたオペラが、20世紀のポップカルチャーを経由して、現代の舞台へ。そんな少し奇妙な時間旅行こそ、このプロダクションのおもしろさかもしれない。 演出・衣裳を手がけるロラン・ペリー、美術のシャンタル・トマによって、作品世界がどのような色彩とフォルムで立ち上がるのかにも注目したい。 恋のゲームは、ナポリから。 物語の舞台はナポリ。 物語の主人公フィオリッラは、夫ジェローニオとの単調な毎日にうんざりしている女性。そこへナポリの港に降り立つのが、プレイボーイのトルコ王子セリム。二人の視線が絡んだ瞬間から、堅物の夫ジェローニオ、セリムに未練を残す元恋人ザイダ、さらに彼女を慕うナルチーゾまで加わり、恋模様は見事なほどにもつれていく。 そして、その騒動を少し離れたところから眺めているのが、詩人プロスドーチモ。彼はこの騒動を「上出来な喜劇のネタ」とほくそ笑みながら、陰でそっと糸を引いていく。 恋愛喜劇でありながら、物語をつくることそのものを遊んでしまう。そんな知的ないたずらも、ロッシーニならではの魅力だ。 旬の歌い手たちが揃う、この上ない顔合わせ ヒロイン、フィオリッラを歌うのは、24/25シーズン《夢遊病の女》に彗星のごとく登場し、一夜にして評判をさらったソプラノ、クラウディア・ムスキオ。相手役のセリムには、パリ・オペラ座やロッシーニの聖地ペーザロで活躍する若手、アレハンドロ・バリニャス・ビエイテス。そして夫ジェローニオ役には、ブッフォ(喜劇的な役どころ)の世界的名手パオロ・ボルドーニャが名を連ねる。 指揮台に立つのは、イタリアの俊英アレッサンドロ・ボナート。「Forbes Italia」誌が選ぶ2025年「世界を変える30歳未満」にも名を連ね、今夏のロッシーニ・オペラ・フェスティバルでもみずみずしい音楽性で喝采を浴びたばかりの逸材だ。 軽快なリズム、華やかなアンサンブル、登場人物たちのすれ違いを彩るロッシーニの音楽を、どのように舞台上で躍動させるのかにも期待が高まる。 重厚な名作を鑑賞するというより、ファッションや映画を見るように、色彩やユーモア、人物たちの洒落た駆け引きを楽しむ。『イタリアのトルコ人』は、そんな気軽な入り口からオペラの魅力に触れられる一作。 ロッシーニの音楽はもちろん、ポップカルチャーを思わせる演出、恋愛コメディとしてのテンポ、そして劇中劇めいた構成の遊び心。 オペラに少し距離を感じている人にこそ、こんな一作から劇場の扉を開けてみるのもよさそうだ。 _______________ INFORMATION イタリアのトルコ人|Il Turco in...
「ディーヴァ」、世界を巡り、東京へ。歌声が紡いだ200年の物語
ひとつの歌声が、人々の心を動かし、社会の風景を変えることがある。 19世紀のオペラ歌手から、ハリウッド黄金期のスター、現代のポップアイコンまで。「ディーヴァ」と呼ばれてきた表現者たちは、類まれな才能と存在感によって観客を魅了すると同時に、時代が定めた女性像や、性、人種をめぐる境界にも挑み続けてきた。 そんなディーヴァの歴史を、19世紀から現代まで約200年にわたってたどる展覧会「DIVA」が、東京にやってくる。英国が誇るヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)が手がけた本展は、アジアで唯一、そして世界巡回の掉尾を飾る舞台に東京を選んだ。会場は、国立新美術館。会期は2027年3月24日から7月19日まで。 マリア・カラスの気高い佇まい、マリリン・モンローの儚さ、レディー・ガガの反逆、ビョークの静謐なる詩情。時代も国境も超え、その声と存在そのもので世界を魅了してきた約100名のディーヴァたちの軌跡を、約280点の貴重な衣装と資料でたどる、かつてない規模の回顧展だ。 本展の大きな見どころは、約280点におよぶ衣装や資料。 なかでも注目したいのが、マリア・カラス、マリリン・モンロー、アデル、レディー・ガガ、エルトン・ジョン、リアーナ、ビョークらが身につけた伝説のステージ衣装、約60点。スターが舞台で一度だけまとったドレス。その人のイメージを決定づけた、あまりにも有名なスタイル。V&Aの至宝に、個人が秘蔵してきた逸品を加え、写真、映像、ポスター、LPと共に、彼女たちの神話を紡ぎ直す。日本展限定の展示も見逃せない。 華やかな衣装や音楽の背後にあるのは、社会の大きな変化だ。男性中心の価値観が支配していた時代に、女性やクィアの表現者たちは、どのようにして自らの声を獲得していったのか。本展では、時代ごとに姿を変えてきたディーヴァという存在を、フェミニズムやジェンダーの視点から捉え直す。ディーヴァとは、単なる歌姫を意味する言葉ではない。それは、自分自身の存在と表現を武器に、社会の常識を書き換えてきた人々の物語でもある。 サラ・ベルナール、「ジャンヌ・ダルク」のポスター | © Victoria and Albert Museum, London 展示は大きく2つの章で構成される。 第1幕|ディーヴァの誕生 アデリーナ・パッティ、サラ・ベルナール、イサドラ・ダンカン、マレーネ・ディートリッヒ、ジュディ・ガーランド、マリア・カラス、マリリン・モンロー、エリザベス・テイラー...。 オペラの黄金時代からハリウッドの黄金期、そしてその黄昏へ。圧倒的な歌声や美貌、個性、そしてスター性を武器に、女性たちが「ディーヴァ」という神話を築いていった時代をたどる。 第2幕|ディーヴァの再生・復活 ニーナ・シモン、アレサ・フランクリン、ドリー・パートン、グレイス・ジョーンズ、マドンナ、ホイットニー・ヒューストン、ビョーク、ビヨンセ、レディー・ガガ、リアーナ、アデル、ビリー・アイリッシュ...。 第2波フェミニズム以降、ディーヴァの意味は大きく変わっていく。社会から与えられた役割を演じるのではなく、自らの声と身体、ファッション、音楽を通して「自分は何者なのか」を表現する。自由を求め、既成概念を打ち破り、ときに社会そのものに問いを投げかけてきた表現者たち。 その系譜は、現代のポップ・カルチャーへと確かにつながっている。 『椿姫』でヴィオレッタ役を演じるマリア・カラス(1958 年) Houston Rogers © Victoria and Albert Museum, London...
「香雅堂」山田悠介さん×「NOSE SHOP」中森友喜さん対談|足し算の香水、引き算の香道 ⸺ 香りの東西、初めての対話
伝統的な香道の世界で香木を扱う「香雅堂」の山田悠介さんと、世界のニッチフレグランスを紹介するセレクトショップ「NOSE SHOP」の中森友喜さん。同じ「香り」を展開しながら、これまで交わることのなかった二人が、香木を聞き、香水をテイスティングしながら語り合った。温度、言葉、希少性、そして煙⸺。二つの香りの世界の違いと、意外なほど深い共通点が見えてきた。 香道×ニッチフレグランス、直接出会わなかった二つの「香り」 ―香道もニッチフレグランスも、知る人ぞ知る世界ですよね。お互いの領域にどんなイメージを持っていますか? 山田さん:「ニッチフレグランス」という言葉は正直よくわかっていなかったのですが、「NOSE SHOP」のことは開業当時から存じ上げていました。ちょうど香道以外の香りの世界をもっと幅広く知りたいと思っていたので、今日お話しできてとても嬉しいです。 中森さん:海外に行くと、「日本にも香りの文脈というか、香りの歴史があるよね」と香道について聞かれることがよくありました。ただ、私自身は体験したことがなく、そのたびに「そうなんです」というしかなく…。いつか香道を体験したいと思っていました。タイミングが合わずにいたので、今日はすごく楽しみです。 香りを聞く⸺白檀・沈香・伽羅の三炷 ―さっそく香木を聞く体験をさせてくださるということで、山田さんよろしくお願いします。 山田さん:今日は、白檀・沈香・伽羅の3種を聞香していただきます。実は先日、「NOSE SHOP」に伺いまして、ニッチフレグランスを体験してみました。そこで、香水にも香木由来の香りが結構使われているのだと驚きまして。特に白檀を使った香水は多いですね。 中森さん:フレグランスの世界では白檀を「サンダルウッド」と呼び、非常によく使われています。「クリーミー」と表現されることが多く、ベースノートの定番です。「NOSE SHOP」で扱う1800種類ほどの香りのうち、半数近くに入っているのではないでしょうか。 山田さん:最初はインド産の白檀の香りを聞いてみましょう。約110度の熱で間接的にゆっくりと温めていきます。右手で香炉を持ち、左手に乗せ、右手をかぶせて「洞窟」のように香りを溜め、ゆっくり3回、深呼吸するように聞きます。500年ほど前に今の形になった香道は、香木を人間にとって一番良い香りとして体験する方法だといわれています。 中森さん:……本当に静かな香りですね。サンダルウッド特有のまろやかさが確かにある。香水のサンダルウッドのクリーミーさには、どこか冷たさがあるのですが、香木は温かくて包容力がある印象です。香道では、香りを表現する言葉の決まりはあるんですか? 山田さん:一つは「六国(りっこく)」という概念で、大まかにいえば産地による分類。伽羅、羅国、真那賀、真南蛮、佐曽羅、寸門陀羅の六つです。そしてもう一つが「五味(ごみ)」。⽢(かん)・酸(さん)・⾟(しん)・鹹(かん=塩っぱい)・苦(く)、の五つの味で細かく表現します。 中森さん:料理の五味とは少し違いがあるのですね。この器の温度も一つの情報として伝わってくるのがいいですね。大切なものを手の中に包んでいる感覚があります。香水には時間による変化がありますが、香木の香りも変化するものなのですか? 山田さん:変化しますよ。香木の質と火加減が良ければ40分くらい楽しめます。どの香木もだんだん甘く、強く濁っていきます。ただ、その木の"本気"が感じられるのは最初の1~2分だけです。 2つ目は沈香です。タイ産の真那賀のものです。加熱すると樹脂部分が断面からぷくぷくと滲み出て、キラキラと光るので、そこも注目して聞いてみてください。 中森さん:すごくエレガントな香りですね。白檀とはまた全然違う。 山田さん:エレガントという表現、面白いですね。この香りを五味で表現すると、甘い、酸っぱい、少し塩っぱいとなります。タイで採れる沈香は、少し塩っぱい感じが特徴なのですが、これは甘さと軽やかな酸味がいい感じに出ていますね。 中森さん:パチョリのような美しい香りの雰囲気もあります。あとは土っぽさやアーシーな要素もある気がします。沈香は「ウード」と呼ばれ、香水にも使われますが、その香りとはだいぶ違う印象です。 山田さん:3つ目は香道における絶対的エースである伽羅を聞いていただきましょう。香水には、伽羅は使われないですよね。だからこそ体験していただけたら面白いのではないかと思いましてご用意しました。 中森さん:素人ながらも伽羅は香道のトップオブトップというイメージがあります。 山田さん:沈香と伽羅は木の種類が同じだというのが、学術的な定説になっています。おそらく50年から100年経たないと沈香は伽羅に変化しないだろう、ということが学術的な論説になっていますが、「50年から100年」と幅がありすぎですよね(笑)。そのように謎が多い香木とされています。ぜひ聞いてみてください。 中森さん:すごい。ちょっと目覚めました。ひと聞きめの衝撃がありますね。トップがクリアで、美しい。 山田さん:最初のクリアな酸味は、1人目、2人目にしか感じられない香りです。伽羅の中には緑、紫、黒といったタイプがありまして、これは「伽羅」を象徴する王道の緑タイプの香りです。どの香木も甘・苦・辛を持っていますが、伽羅にしかない苦さと、少しの辛さがあります。 中森さん:残香もすごく美しいですね。あえて表現すると、炷き始めの伽羅にはフレグランスでいうお茶っぽい軽やかさも少しあった。それがもう消えている、その変化も素晴らしい。 山田さん:香道のお稽古では2時間で15回ほど様々な香木を聞くのですが、終わって屋外に出て、風が吹いたとき、ふっと感じられるのは伽羅の香りということが多いです。 中森さん:雅ですね。情報の幅とボリュームが圧倒的でした。ちなみに香道の時間は、どのようにしてクロージングするのですか? 山田さん:組香(くみこう)という香りを聞き分ける遊びをするなら、正解発表と採点、トップ賞への記録紙の授与という明確なクロージングがあります。 でも今日のような会は、会話ができればそれがゴール。お互いの興味が交わるものを通して仲良くなる時間です。もちろんマニアの方が集まれば「緑の伽羅を三種いただいたけどどうだった?」という微差を楽しむ会もあり得ます。どれも正解です。...
日本橋兜町で、漢方の知恵薫る一杯を。クラフトハーブティー&チャイ専門店「TYNK Kabutocho」
金融街として知られる日本橋兜町・茅場町エリア。近年は、歴史ある建築物や街並みのあいだに、新しい店やカルチャーが少しずつ増えている。 そんな街で見つけたのが、「TYNK Kabutocho(ティンク カブトチョウ)」だ。 カフェインレスのクラフトハーブティーとチャイをつくってきた「TYNK」の、初めての実店舗が、この夏、兜町にオープンした。 「TYNK」は、日本古来の漢方文化を受け継ぐ漢方薬剤師・吉田重子氏が監修する、カフェインレスのクラフトハーブティーブランド。 2022年のブランド誕生以来、TRUNK(HOTEL)やおちあいろう、Soil Nihonbashiといった宿泊施設で提供されてきたほか、Barneys New Yorkでの取り扱いや、豊島美術館、The Kahala Hotel & Resort Yokohamaとのオリジナルブレンド開発など、さまざまなパートナーシップを通じて着実にファンを広げてきた。 宮崎県延岡市には自社農園を構え、無農薬でハーブを栽培するなど、原料づくりの段階から丁寧にものづくりに向き合っているのもTYNKの魅力のひとつ。 「ノンカフェインは味気ない」「漢方は飲みにくい」。そんな先入観を覆すような、おいしさを追求している。 厳選された植物由来の素材を用い、漢方の知見と自然の恵みを一杯に凝縮している ロゴやパッケージには、世界的デザイン集団Tomatoの創業者サイモン・テイラー氏が携わっており、視覚的な美しさもTYNKらしさを形づくっている 日本の作家ものや海外から買い付けてきたヴィンテージなど趣味のよい器が並ぶ 創業者の辻田泰典氏は、長くファッション業界でブランド開発に携わった人物。自身がカフェインに敏感な体質だった経験から「TYNK」を立ち上げた。 店内のメニューには、ハーブティーやチャイに加えて、グルテンフリーのオリジナルスイーツやクラフトアイスクリームも並ぶ。ハーブやスパイスの香りを、飲みものだけでなく、甘いものでも楽しめるのがうれしい。 左:1113 リラックスティー 700円、右:ヒュウガトウキ香る米粉のレモンケーキ 780円 左:いちじくとチャイのオーツキャロットケーキ 830円、クラフトハーブティー 700円中:和漢チャイオーツミルクラテ 800円右:和漢チャイトニック 800円 TYNKが掲げるのは「Pause(余白)」という考え方。茶葉を蒸らす数分間や、一杯のお茶をゆっくり味わう時間を、日常のなかにつくるというものだ。 金融街としての歴史を残しながら、新しい文化や店が少しずつ根づきはじめている日本橋兜町。その街に、漢方の知恵をベースにしたハーブティーとチャイという、新しい時間の過ごし方が加わった。 兜町で、漢方とチャイ。歴史ある建築や景観を継承しながら進化するこの街を訪れる理由が、またひとつ増えた。...
200年の伝統と東京の感性が交差する場所。『香雅堂』二代目の店主・山田悠介さんが開く香文化
江戸寛政年間に創業し、200年以上の歴史を持つ京都の老舗『山田松香木店』。その次男である初代が東京に店を構えてから43年、麻布十番の地で今のライフスタイルに寄り添う香りの文化を届けているのが『香雅堂』だ。 長い歴史の中で育まれてきた日本の香文化を現代に伝えているのが、二代目の店主・山田悠介さん。香りを潜在的に必要としている人に届けることを目指す山田さんに、文化発信の拠点となる麻布の店舗で話を聞いた。 「溢れるように」導かれた二代目の道 もともと大学卒業後はIT企業で働いていたという山田さん。『香雅堂』を手伝い始めたのは、2011年、東日本大震災があった年のことだった。 「両親から『店を継いでほしい』と言われたことは一度もなかったんですよね。ただ、学生時代にここで1年ほどアルバイトをしていた時期があり、また幼い頃から父が香木を割って焚く香りがいつも側にあり、働く姿も近くで見ていたので、言語化できないような小さな積み重ねが心の中に溜まっていたのかもしれません。あるときコップから水が溢れるように自然と店で働こうと思ったんです」と当時を振り返る。 『香雅堂』のルーツは、香道の本場である京都にある。200年続く『山田松香木店』が本家にあたる。 「伝統を守っていく京都に対して、僕らはその本質を踏まえ、リスペクトを持ちながらもお香の世界を開いていく存在でありたいと考えています。そういった役割分担があることで、文化的な広がりが生まれるんじゃないかと思うんです」とその矜持を語ってくれた。 「聞く」ことで完成するゲーム、そして絶滅危惧種のタイムカプセル そもそも香道とは、室町時代に成立した日本の伝統的な芸道。香木を間接的に加熱し、立ち上る香りを「嗅ぐ」のではなく「聞く」と表現して、自らの精神性や情景を鑑賞する。 体験香席の様子。 「茶道や華道と同じように流派があり、お作法が決められている一方で、実は非常に豊かな遊びの要素を持っています。みんなで集まっていくつかの香りを聞き分け、『何番目の香りと何番目の香りが一緒だったか』を当てるゲーム性がある。仕組みさえ分かれば誰でも直感的に楽しめる奥深さがある芸道です」 この香道において主役となる「香木」が、今、とりわけ希少なものとなっているという。 「香木はジンチョウゲ科の樹木が傷ついた際、自らを防御するために分泌した樹脂の塊です。それが50年から100年という時間をかけて変化することで、あの独特な芳香を放つようになります。その性質上、ハイエンドでハイクオリティな天然香木に関しては自然にできたものを使うしかありません。需要があるからといって、おいそれと作ることができるものではないんです。香木店である僕らでさえ、すでに40年前から新しい仕入れのルートが立っていない状況です。そのため現在は0.2gや0.4gといったごく少量の単位で販売しており、月にどれくらいの量を売るかも制限していかないと、一瞬で全部売れてしまう、まさに絶滅危惧種のような存在なんです」 香道にはお道具も欠かせない。一階奥のスペースには美しい香道具が、まるで美術館のように展示されている。 歴史を紐解けば、飛鳥時代に日本へ渡来して以来、宗教的な要素や精神性とも深く結びついてきた香木。平安時代には『源氏物語』に描かれるように貴族たちが衣服に香りを焚き染め、戦国時代には武将たちが自らを鼓舞し、非日常へのスイッチを入れるために香りを求めた。目に見えない煙と香りは、いつの時代も人々に特別な時間を提示してきたのだ。 この極めて希少な香木を見極めるため、山田さん自身も日々香木の鑑定も行っている。 「香木には白檀、沈香、伽羅といった種類があり、そのなかで香道では香りを産地や特徴から6つに分類するという区分けもあります。お寺やご自宅にある香木をお持ちいただき、そのどれに当たるかを見極めていくというお仕事です。実際に焚いてみて、香りを聞いて、『緑系の伽羅だな』といったように色で表現したり、香りの酸味、甘み、苦味の強さなど、時間を追った変化も見ていきます」 鑑定を通して客観的に香木と向き合ってきた山田さん。最近は、いろいろなアーティストとの交流などを通して、少し香木との向き合い方に変化があったのだそう。 「香木はナチュラルにできるものなので一つひとつ香りのニュアンスが違います。『この香木はこういう香り』とある程度目星をつけて鑑定しているのですが、ときどき『こんな香りをしていたの?』とハッとさせられるようなこともあるんですよね。あるとき、そういう香木の持つ特性について話していて、『香木をもっと特別なものだと思っていいんじゃないですか』と言われたことがありまして。たしかに今まで、香木をフェアに見ようとしすぎて、香木の持つ特別な魅力に向き合っていなかったのかもしれないと。最近はそういう主観も大切にしながら香木を見つめていきたいなと思うようになってきています」 入口を広げ、暮らしと文化をつなぐ「交差点」へ 香木が希少となり香道がさらに遠い存在になりつつある今、山田さんはそのハードルをあえて下げ、現代の暮らしに取り入れる提案を続けている。1階エントリーコーナーにはスティック香や匂い袋など生活になじむアイテムを取り揃え、奥のコーナーでは香木や本格的な香道具を実際に見ていただけるという二部構成。2階に設えられた和室のスペースでは、香道の入り口になるようなカジュアルなワークショップも開催している。 特にコロナ禍で家にいる時間が増えたことを契機に、家で香りを楽しむ文化は確実に拡大しているという。 「コロナでおうち時間が増えたことで、お香を見直していただいた印象があります。フレグランス系のトレンドを一通りやり尽くした感があったところで、スティック香という形状が違うだけで、同じ香りのはずなのに、そこから受け取れる解像度が変わってくるというところも楽しんでいただいているようです。火をつけて煙が立ち上るというビジュアルも含めて、気持ちを切り替えるスイッチとして楽しむ人が増えているんでしょうね」 ...
Vol.3 ミラノ デザインウィーク 2026 レポートノート - 12枚のタペストリーが紡ぐ、グッチ 105年の軌跡
【イタリアでグッと来た、暮らしをハッピーに彩るコトやモノ】 Vol.3 イタリアに息づく、日常の何気ない瞬間を楽しむというライフスタイルから、特別なことではないけれど日々を少しハッピーに彩るコトやモノをご紹介している連載のVol.3では、ミラノで開催された「ミラノ デザインウィーク」のレポートです。会期はすでに終了していますが、イタリアで心を動かされた出来事として、アーカイブとして綴ります。 「最後の晩餐」のあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会 ミラノがデザインとアートで包まれる 4月のイタリアは、太陽の光がいっそう眩しく、街全体がワントーン明るく感じられる季節。今年はちょうど良いタイミングが重なり、4月21日から始まったミラノ デザインウィークを訪れることができました。 「ミラノ デザインウィーク」は、毎年4月にミラノで開かれる世界最大級のデザインの祭典です。ミラノ郊外の見本市会場で行われる「サローネ・デル・モービレ(ミラノサローネ)」と、市内各所で展開される「フォーリサローネ」の2つで構成され、期間中は街全体がデザイン一色に染まります。 展示の対象は家具にとどまらず、ファッション、自動車、ライフスタイルなど多岐にわたり、世界180カ国以上から建築家やインテリアデザイナー、バイヤー、観光客が集結。15世紀の修道院や貴族の邸宅といった歴史的建築が展示空間として活用されるのもイタリアならではで、街を歩くだけでまるで美術館の中にいるような感覚に包まれます。 今年は期間中、世界中から約30万人がミラノに集まったそうです。その中から、訪れたエキシビションの内容をお伝えします。 ミラノの"芸術の中心地"ブレラ Audi × Zaha Hadid Architects 105年の軌跡を織り上げる「Gucci Memorial」 グッチのアーティスティック・ディレクター、デムナによるキュレーションで構成された今回のエキシビション「Gucci Memorial-グッチメモリアル」は、105年にわたるブランドの歴史を象徴的に再構築し、多面的な進化とクリエイティブの軌跡を提示するもの。会場となったのは、ミラノ中心部に位置する歴史的建造物、サン・シンプリチャーノ大回廊(Piazza Paolo VI, 6)。長い列を待ち、入場できたその空間にはグッチの象徴であるフローラプリントがリアルに再現され、花々が咲き誇るボタニカルガーデンのような世界が広がっていました。その美しさは圧倒的で、ブランドの世界観を立体的に体験できる場となっていました。 また、エントランスにはオリジナルの自動販売機が設置され、入場コードをかざすとオリジナルドリンクが出てくる仕掛けもありました。こうした伝統と革新が同居する演出の幕開けから、時代を牽引してきたグッチのアイデンティティーが感じられました。 ブランドの105年の軌跡を紡ぐインスタレーションは、フィレンツェに古くから伝わるテキスタイル工芸をルーツとした12枚のタペストリーで構成されています。物語は、創業者グッチオ・グッチがロンドンのザ・サヴォイで過ごしていた時期を描いた、トラベルケースに手を添えている印象的なタペストリー「The Gift」から始まります。 歴代デザイナーの歩みを象徴的なシーンとして織り込んだタペストリーの数々には、ブランドへの敬意が感じられ、同時にデムナの視点による再解釈が静かに息づいています。伝統と革新が交差するその表現は、グッチというブランドの奥行きを改めて認識させるものでした。 ...
Columns
「そのままでいいと思えた時」
これまでのコラムで、 植物のことや、整えるという感覚について書いてきました。 急がせないこと。 足しすぎないこと。 無理をさせないこと。 そんな考え方は、 日々のサロンワークの中で 少しずつ形になってきたものです。 今も毎日、 たくさんのお客様と向き合っています。 以前よりも、 むしろ働いている時間は長いかもしれません。 ただ、 仕事の密度は変わりました。 日々たくさんの方と向き合いながらも、 一人ひとりの髪との関係は、 以前よりも深くなっているように感じます。 その違いは、 自分の中ではとても大きなものです。 バッキンガム宮殿の近くの公園 美容師になると決めたとき、 私は日本のサロンには就職せず、 ロンドンに渡りました。 ヴィダルサスーンで学びながら、...
「人生に凛として息づく“経験”というレガーロ」
2月も気づけばもう中旬。 そして今年は、ミラノとコルティナという2つの都市が舞台となる、特別なオリンピックの2月でもあります。 イタリアでの開催というだけで、競技そのものはもちろん、街並みや観客席に映るイタリアの人々の姿に、どこか懐かしさが重なり、いつもより心の距離が近く感じられるのは不思議です。 そんな中で迎えた開会式。 あまりの美しさに息をのむほどで、胸の奥がじんわりと熱くなるような時間でした。今日は、そのエモーショナルな余韻を少し綴らせてください。 歴史、芸術、モード、そしてイタリアのパッション。 イタリアという国が持つ独自の魅力――いわゆる Italianity(イタリアニティ)――が、細部にまで散りばめられた開会式。どの瞬間を切り取っても絵画のように美しく、これほどまでに心を奪われた開会式は、私にとって初めての体験でした。 テーマは「Armonia(ハーモニー)―調和」。 今の世界情勢にそっと問いかけるような言葉であり、演出そのものがそのテーマを静かに、しかし力強く語っているように感じられました。 イタリアでのオリンピックだからこそ、心に響くものがあったのかもしれません。 美しさと情熱が溶け合うあの光景は、きっと長く記憶に残り続ける気がします。 via: Armani "Omaggio al Sig. Armani alla Cerimonia di Apertura dei Giochi Olimpici Invernali Milano Cortina 2026" 開会式の中でも、ひときわ心を奪われたシーンがありました。 イタリア国旗の“緑・白・赤”を基調にした「ジョルジオ アルマーニ(GIORGIO ARMANI)」のパンツスーツを纏った60人のモデルたちが、色ごとに整然と並び、国旗を届けるモデルのヴィットリア・チェレッティを先導して歩く姿。...
『お久しぶりです』
こんにちは。 前回の投稿から1年以上、長いことご無沙汰してしまいました。 そして、あっという間に2月も中旬。大変遅ればせながら、 「2026年が皆様にとって健康で充実した1年になりますように。」 もうかなり前のような… クリスマスから年末年始、いつもの散歩道の様子を。 まずはクリスマス時期から。 サクレ•クール寺院界隈、メトロ アベス駅の広場には毎年小さいクリスマスマーケットが。 午前中に通ったのでまだ人もまばら。 クリスマス期間中、パリのあちこちに(多分)市が設置しているシンプルすぎるクリスマス ツリー。左奥には現在建物の外壁工事中"ジュテームの壁"。暫く金網越しでの写真撮影しかできず。 この界隈にある布屋街もクリスマスデコレーションされ 広場に面して建っている(パリで初めての鉄筋コンクリート建築の)サン•ジャン•ドゥ•モンマルトル教会。レンガとモザイクアートの外観が目を引きます。中を見てまわるのにサイズ感がちょうど良く、また天井から下がる照明が素敵で。 この教会は娘と散歩中によく立ち寄り、2人で椅子に腰かけてしばしぼーっと過ごしたり。 静寂が気持ちを落ち着かせてくれます。 ちなみに普段の広場まわりからサクレ•クール寺院前にかけてはこちら。 最近は雨も多くどんよりした天気が続いていて、空が暗すぎる。 写真も暗い。これがパリの色って感じもしますが…お日様が恋しい。 続いて1月の風物詩。各家庭で飾られていた"もみの木"が無惨な形で道端に捨てられます。 もみの木廃棄用ごみ袋にいれてあるのはまだましな方。 2007年から始まったもみの木回収、だんだん回収場所が増えて、ここ数年近所の公園にも。道端に捨てられることは減ってきてはいるものの、まだまだ目にします。 公園内にできた回収場所。 ...
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Satayam - Khadi Cotton Beach & Bath Towel
The Connoisseurs
Contributors

LIfT オーナーヘアスタイリスト
BAMBI.
日本で美容師免許を取得後、ピーターグレイ氏に師事し、アシスタントとしてロンドンで経験を積んだ後、帰国。都内の某有名大型サロンで11年間働いた後、表参道に2席のみの美容室をオープンする。
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イラストレーター / テキスタイルデザイナー
AOKI CHIE
(aotché design)
95年に渡仏。パリ服飾学校スタジオベルソー卒業後、マルティーヌ・シットボン、ランバン等のメゾンでレザーグッズデザイナーとして勤務。
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JAZZY DOG / JAZZY DOG LIFE 代表
tomoki kobayashi
猟犬の保護犬リンリンを家族に迎えたことをきっかけに犬について学び始め、「スタディ・ドッグ・スクール認定ドッグトレーナー」、「米国CCPDT認定ドッグトレーナー(CPDT-KA)」を取得。2018年から放棄された犬たちの保護・譲渡活動をスタート。
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TRUNK by KITAZAWA レイティエ(トランク職人)
Yu Kitazawa
物作りの一家に生まれ、欲しいものは自分で作っちゃえ、という環境で幼少期を過ごす。10代の頃より革製品を作りはじめ、学生時代よりイタリア、フィレンツェの工房で革の技術を磨く。
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modus vivendi 代表
橋口 麻紀
イタリアのアイウエアカンパニーのラグジュアリーブランドのコミュニケーション、マーケティングを経て、ブランディングを主としたmodus vivendi(モードゥス ヴィベンディ)株式会社を2006年に設立。
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ブランドビジネスコンサルタント / 株式会社モアサマー 代表取締役
稲田 元彦
1966年生まれ東京都出身ファッションビジネスを営む家に生まれ、美術を学び、ブランドを産んで育てる仕事をしてきました。音楽や映画、サブカルチャー好きの自称オタクです。
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