茶香アートの革命児・緑川雄太郎さんに聞く、ギフトの思い出

茶香アートの革命児・緑川雄太郎さんに聞く、ギフトの思い出

コンテンポラリーアートの分野で、さまざまな展覧会を手がけるアートディレクターであり、近年は茶香人としてアートとお茶の融合を目指す緑川雄太郎さん。「ギフトは時として、ネクストレベルに引き上げるためのインスピレーションをくれる」と語ります。自身の活動の軌跡を紐解きながら、折々でもらったギフトとそれにより芽生えたインスピレーションについて語ってもらいました。

 

 

虚無から救い出してくれたアートとお茶

 

 

現在、福島県双葉郡にあるミュージアム「MOCAFMUSEUM OF CONTEMPORARY ART FUKUSHIMA)」のディレクターを務めている緑川さん。原発から10km圏内という特殊な立地から、「ART AFTER HUMAN(人類以降の芸術)」をテーマに探求を続ける傍ら、近年は中国茶と香りを融合させた新しいアートディレクションにも取り組んでいる。

そんな緑川さんがお茶の世界に足を踏み入れたきっかけは、意外にも「虚無感」だった。

 

 

緑川さん特製のお茶セット。茶の湯の代名詞である「侘び寂び」。しかし、ガラスの茶器を手にした緑川さんは、「これは『冷え枯れる』と称される侘びではないな」と直感したという。千利休以降の「侘茶」という大きな潮流とは異なる、台湾茶や中国茶に感じる瑞々しさ。「これは浮茶だ、と。これこそが自分が求めていたものだと、すとんと腑に落ちたんです」と緑川さんは浮茶が生まれた瞬間を振り返る。



社会が変わっていく中で、コンテンポラリーアートの意義も変化し、『自分に何ができるんだろう』と絶望とは違う虚無を感じていた時期がありました。
その最中、なぜかチャーハンばかりを食べていて(笑)。そんな私を見かねた友人が、『体に悪いから烏龍茶でも飲みなよ』と勧めてくれたんです。言われるがままに飲んでみると、体が温まり、心が解けていくような楽しさを感じました。
そのとき「香りを聞く」ための器、聞香杯(もんこうはい)の存在を知り、かつて展覧会で触れた「香りの面白さ」と結びついたことで、一気にその世界へ引き込まれていったのだそう。

 

 


「アートパフューマリー」をテーマに緑川氏がキュレーションした展覧会『AP』の会場風景(2023年)

 

お茶の歴史や思想を紐解くと、英語圏をベースにしたアートの世界とは全く異なる景色が見えてきたと語る緑川さん。振り返ると、かつてニューヨークでコンテンポラリーアートに出会った際も、同じような虚無の中にいたのだ、と。

「何かを変えたいという強い欲望が虚無を呼ぶのかもしれません。以前、ChatGPTを使っていた時、虚無を「creative exhaustion(創造的疲労)」と翻訳してくれたのですが、非常に納得がいきました。そういう時を経てこそ、ネクストレベルに行ける。アートやお茶は、虚無を別の方向に変えるきっかけになるのだと感じています」

 

 

この日の取材はニッチフレグランスの専門店「NOSE SHOP」がプロデュースする、嗅覚と味覚が織りなす新しい体験のバー「はな( @hana_noseshop )」で行った。香水とドリンクのペアリングは、ローゼルやハイビスカスティーが香る「りんごのハイボール」と香水「1986 エクレティック/Les Bains Guerbois」。

 

 

意味深いギフトが時として、ネクストレベルに引き上げてくれる

 

FUEL 0987PERFUME.SUCKS

 

この企画のテーマである「忘れられないギフト」について尋ねると、緑川さんは「私をネクストレベルに引き上げてくれるインスピレーションをくれたギフト」として、3つのエピソードを語ってくれた。

一つ目は、ミラノで開催された世界最大級のニッチフレグランスの祭典「Esxence(エクサンス)」で出会った香水。

「会場内でひときわ異彩を放つブースで出会った、アンドレアス·ヴィルヘルムというスウェーデン人が手掛ける『FUEL 0987』という香水です。石油のような燃料の香りに、中東のウードが混ざり合う。彼のストーリーには陰謀やアビス(深淵)、そして最後にボンボヤージュと書いてあり、『この燃料でどこ行くの?』と好奇心を刺激され、引き込まれました。彼は『お金のためじゃない。君みたいな奴に会うためにここに来たんだ』と言って、その香水をプレゼントしてくれました」

スッと消費されるものではなく、アートパフューマリーとしての香水。その出会いは、後に「MOCAF」の人類以降のアートを考えるプロジェクトとして、福島の地に燃料をテーマにした香水を埋めるという、不思議な意味を持つ活動へと繋がっていきました。

 

 

 

二つ目は、前森美術館館長の南條史生さんから贈られた、中国·四川省のお香

「南條さんと一緒にお茶をしていた時、部屋の奥からそっと出してくださったんです。そのお香を共に体感した瞬間、フワッとなって、自分をネクストレベルに引き上げてくれた感覚がありました。それまでお香にはあまりピンときていなかったのですが、お茶と香りを繋げる視点を与えてくれた大切なギフトです。目を閉じてお茶と香りを感じている南條さんの姿も含め、すごく意味深い瞬間でした」

 

 

 

そして三つ目は、5歳の姪っ子さんから贈られた、手作りの「7が出るサイコロ」。

「姪っ子から『7が出るサイコロを作った』と見せられて。よく見ると4の目がなくて、代わりに7がある。姪っ子がどんな意図で作ったかは分かりませんが、『7が出るサイコロだよ』と言われた瞬間、意識が現実から浮くような衝撃を受けました。現実の時空では確かに4がないだけかもしれないけど、別な異次元では7のサイコロがあってもいい。これは異次元のサイコロなんじゃないかと。
『現実ってなんだろう』という私の根底にあるテーマにパチっとハマった。妙に衝撃を受け、熱く話す様子を見て、後日、手紙を添えてそれを送ってくれたんです」

 

 

予期せぬギフトがくれるメッセージ

 

 

「どのギフトも、想定外のタイミングで贈られたからこそ意味深いものになった」と緑川さんは振り返る。その瞬間の空間ややり取りが、今も真空パックされたかのように鮮明に記憶されていると続けてくれた。

「人生の節々で、予期せぬギフトが方向性を変えてくれる。それを受け取れる自分でいることも大切です。そういうタイミングがパチっとハマることでよりいっそう意味深いものになる。もらって嬉しいを超えた意味深いギフトはその時だけでなく、ずっと先の未来にも繋がっていくのだと思います」

自身が贈る側になる時は、価格や大きさよりも「意味やストーリー」を重視するという緑川さん。相手との関係性を考え抜き、時には「やばいもの」を、時には「とらやの羊羹」を選び分けるその遊び心も、アートディレクターらしい視点だ。

「ギフトというテーマで改めて考えてみて、新鮮な体験でした。人に物を贈るのは人間の根源的な営為ですよね。今日この瞬間も、どこかで誰かがギフトを贈り合っていると思うと、なんだかいいなと思います」

 

 

「うき」をテーマに緑川氏がキュレーションした展覧会『浮茶:利休とバーのむこう』の会場風景(2025年)

 

さまざまなギフトや出会いを通して、自身をネクストレベルへと進めてきた緑川さん。その視線は、すでに次なる展開へと向けられているという。

「ネクストレベルのお茶体験、アートとしてのお茶体験でどんなことができるかを考えているところです。MECHA MECHAというお茶の間がはじまったり、茶香アートのプロジェクトはいろいろと進めていますね」

 

 

プロフィール

緑川雄太郎

アートディレクター。1983年生まれ。2007年早稲田大学第二文学部表現芸術系専修中退。プロジェクトスペースpartyディレクター(2008-09)、アートグループ0000メンバー(2010-11)を経て、現在アートグループYAPディレクター(2012-)、コンテンポラリー·アート·ミュージアム·フクシマMOCAFディレクター(2021-)、茶香アートUKICHAディレクター(2024-)。トランスヒューマニズム、ポストアントロポセン、クォンタムコンシャスネスをベースに、人類以降のアート、「ART AFTER HUMAN」に関するプロジェクトを企画。

 

取材協力:はな( @hana_noseshop

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