時を越えるトランク:革職人の挑戦とこだわり - 日本で唯一のレザートランク職人・北澤 湧氏にインタビュー(後編)
Trunk by Kitazawa - Mini Trunk Bag - Oxhide
後編では、日本唯一のレザートランク職人である『Trunk by Kitazawa』・北澤 湧さんが手がけるトランクのデザインや機能性について詳しく伺いました。耐久性を支える素材や構造の工夫、細部に宿る美学、次世代へと受け継がれるタイムレスなデザインに込めた想い。長く愛され、日常の中で活かされるトランク作りの魅力に迫ります。
── トランクのデザインや機能性について教えてください。
僕が作るトランクは、実用性と美しさの両方を大事にしたデザインが特徴です。世代を超えて長く愛用していただけるよう、パーツ交換ができる設計にして、日常使いにちょうどいいサイズと機能性も備えています。
お母さんがやがておばあちゃんになって、「若い頃にずっとこれを使っていたのよ」と言って、それを娘さんがかっこよく受け継いで使ってくれる姿って素敵ですよね。トランクは使い込まれてボロボロになっても、味わいが増してかっこいいですからね。
オリジナルデザインの留め具
「引き継ぐ」ということを前提にして、クロージャー(留め具)を取り替えられる機構にしました。オリジナルのパーツです。これを外せば別のものに付け替えられるようにしています。
お母さんが年を重ねる頃にはトレンドも変わっているでしょうし、娘さんの好みにも合わせられるように、クロージャーを変えるだけで、雰囲気を一新することができるようになっています。
ここにショルダーストラップがつきます。
ショルダーストラップの適正の長さは、ハンドバッグを肘にかけたときの位置が一番美しく見えると言われています。もともと、ショルダーストラップの長さはそういう意図で設定されているのですが、現代の装いに関してはその限りじゃないと思います。いろんなファッションバランスがあるから。
── 使用している革の種類や、その選び方について教えてください。
使い込むほど良い風合いが出てくるエイジングを想定した革を選んでいます。エイジングを想定していない革は、使うと美しさが減っていくものが多いですが、エイジングする革は、使えば使うほど美しさが増していくんですよね。。つまり、トランクが出来上がった時点がピークじゃなくて、長く使うことでどんどん良くなっていく。そういう、時間と共に美しくなる革を選ぶようにしています。
その中でも特にわかりやすいのがワニ革ですね。10年使ったワニ革なんてすごいですよ。奥行きがあって、透明感も増して、めちゃくちゃ美しくなります。僕としてはエイジングも含めた価値で価格が決まっていると思っているんです。なかなかきれいにエイジングしたワニ革を見かけることは少ないので、イメージしづらいかもしれないですが、高い理由はちゃんとあって、耐久性も抜群なんです。素材の耐久性でいえば、牛革の10倍とも言われてますからね。
ワニ革は内部に油分が含まれており、使用することで表面に自然な艶が生まれる。Trunk by Kitazawa - Mini Trunk Bag - Crocodile
── タイムレスなデザインで長く使え、次の世代にも受け継がれることが大きな魅力ですね。
そうですね。使い込むほどに美しく味が出てきて、世代を超えて大切にされる存在です。だからこそ、耐久性や構造の工夫がとても重要だと考えています。
── では、トランクの耐久性を支える素材や構造について、少し詳しく教えてください。
古来の製法を採用してるので、トランクのフレームには木材を使用しています。木材のフレームは、二重構造にすることで耐久性が格段に向上します。軽くて丈夫なポプラ材を使用して、軽量化と耐久性のバランスを取っています。ポプラは反りやすい性質があるので、二重構造にすることで歪みや反りを抑え、長年使っても変形しにくい安定感を保つことができるんです。
また、金具の代わりに革のみで蓋を固定する設計にしています。通常のトランクでは金具やヒンジで蓋を固定するのでハードな印象になりますが、あえて革のみで繋ぐことで、素材の温かみや柔軟性を活かしたデザインにしています。蓋がずれないように段差をつけることで、日常的に使っても安心感があり、ずっと変わらず美しい状態を保つことができるんです。
── 古来の製法や基本を大切にしているとのことですが、技術的に難しい点や苦労するところはありますか?
技術的には、今は制約を感じることは少なくなりました。例えば、ハンドル部分は3Dプリンターで作っていますし、金具パーツはネジも含め、すべてオリジナルで専用の木型から作っています。ただ、日本国内では作れない部品もあるんです。トランクに使うコーナー金具に関しては、日本での生産が不可能で、イタリアから空輸しています。日本にはトランクの作り手がいないため、パーツの供給が途絶えてしまい、金具の製造に必要なプレス機がもう日本にはないそうです。この金具だけは本当に毎回苦労しています。
── ものづくりの中で最も大切にしている工程はどこですか?
最後の工程であるピン打ち(鋲打ち)です。二層構造になっている内外の箱を繋げる重要な工程で、耐久性を最後にガッチリと固める部分です。1本ずつ手で打っていくのですが、見た目にも影響しますし、最終工程なのでとても気を使います。
全てが一体となる仕上げの作業なので、僕は「結び」と呼んでいます。少し変な表現かもしれませんが、子供の靴紐を結んで「行っておいで」と送り出すようなニュアンスがあるんです。最後のピン打ちによって、トランクは完成し、最終的な仕上げが完了します。
── トランクをインテリアとして活用されている方も多いようですね。トランクの佇まいは絵になりますし、収納力もある。
そうなんです。だからこそ、人々の人生に深く関わるポテンシャルを持っているんです。長持ちするし、家具としても機能し、それを持ち運ぶことができれば、その価値は計り知れません。まさに、持ち主に寄り添ってくれる存在です。
北澤氏がエルメスの調香師ジャン=クロード・エレナ氏に生花を入れてプレゼントしたという「フラワー・トランク」。エレナ氏の奥様がグラースのご自宅で、庭の花を飾って愛用しているそう。
─ トランクといえば、旅行鞄というイメージがありますが、今日のお話を伺って、もっと深い意味が込められていると感じました。
トランクという言葉の枠にとらわれず、もっと深い意味を持たせるような表現を模索しています。旅行だけでなく人生に寄り添い、大切なものを入れる「宝箱」のような存在として、もっと身近に感じてもらえればと思います。持ち歩くときは、しっかりと守ってくれる安心感があって、家に置くときには大切なものを収める品格や重厚感も持ち合わせた存在です。
── トランクは高価なイメージがありますが、バッグとしてのタイムレスな魅力と、宝箱やインテリアとしても使える品格や重厚感を考えると、それに見合った価値があると言えますね。
トランクが今後どのような形であるべきか、ビジョンがあればお聞かせください。
ありがとうございます。まず、トランクというものをもっと広く知ってもらいたいという気持ちが強くあります。その先に目指すのは、トランクが単なる旅行鞄ではなく、日常の中でも自然に使えるものになることです。流行に左右されることなく、自分のスタイルや価値を表現できるアイテムとして、もっと親しまれる存在になればいいなと思っています。例えば、おばあちゃんやお母さんが大切にしてきたものを引き継ぐように、唯一無二のものを持つという概念がもっと広がれば素晴らしいと思いますね。
真の価値を探求し、より多くの人にその価値を届けようと邁進しているMy pleasure なひと、トランク職人・北澤 湧さん。彼が描く未来のトランクは、単なる旅行鞄ではなく、時代を超えて日常に寄り添う「人生の一部」としての存在。古来の製法を踏襲しつつも、新たな価値観が込められ、美しさと耐久性を兼ね備えたそのデザインには時代を超える魅力が宿っています。
プロフィール
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北澤 湧
TRUNK by KITAZAWA レイティエ(トランク職人)
1991年9月11日生
神奈川県出身
物作りの一家に生まれ、欲しいものは自分で作っちゃえ、という環境で幼少期を過ごす。10代の頃より革製品を作りはじめ、学生時代よりイタリア、フィレンツェの工房で革の技術を磨く。帰国後の数年間は海外企業を中心にOEM(製作代行)を行い、のちにLouis Vuittonに所属。退職後の2022年に現在のTRUNK by KITAZAWAを発足、現在に至る。
www.trunkbykitazawa.com
本サイトにてコラム「レイティエが作る、カバンとくらし」を連載中。