知と美をめぐる、新刊案内|『はじめての能』— 名作能50選を、物語と写真で味わう入門書
はじめての“能”は、美しいビジュアルとともに。
千年を超える歴史を持つ、日本の伝統芸能・能。その静謐で奥深い世界に、「難しそう」「敷居が高い」と感じている人も多いはず。
そんな“能ビギナー”のために、まるで美術書のような一冊が登場した。その名も『はじめての能』(世界文化社)。
古典芸能の世界に一歩踏み込むのは、たしかに勇気がいる。だが本書は、その最初の一歩を美しいビジュアルとわかりやすい解説で導いてくれる。
構成は三章。「男の物語」「女の物語」「鬼・怨霊の物語」──たとえば、子を思う母の果てなき旅『隅田川』、美女に化けた鬼が舞う『紅葉狩』、愛と執念が激突する『道成寺』。人間の情熱と祈りを描いた50演目を、あらすじと舞台写真で立体的に紹介する。
舞台写真の美しさは圧巻。光と影が織りなす能面の表情、衣装の繊細な織り、舞台の張り詰めた空気感。
能を「難しそう」と感じる理由のひとつは、何が起きているのかがわかりにくいからだろう。だが、あらすじを知ると、ゆったりした動きの中に濃密なドラマが見えてくる。
“静の芸術”と呼ばれる能の内側には、激しく、人間らしい情熱が脈打っている。愛、執念、別れ、祈り…。古典でありながら、実は驚くほど現代的なテーマにあふれていることに気づかされる。
観る前に読めば、舞台への理解が深まる。観たあとに開けば、余韻がより豊かに残る。能との距離をぐっと近づけてくれる、まさに“観能のガイドブック”だ。
巻頭では、舞台構造や登場人物の役柄、装束の意味、鑑賞の作法までをわかりやすく解説。知らなくても楽しめるけれど、知っているともっと面白い。そんな“教養としての能”が、ここにある。
この秋、少し背筋を伸ばして「能」という文化と向き合ってみてはどうだろうか。
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書籍情報─
『はじめての能』
著者:監修:多田富雄、写真:森田拾史郎発売日:2025年10月23日価格:2,200円(税込)判型:A5判・128ページ/オールカラー発行:世界文化社備考:『新版 あらすじで読む名作能50選』(2015年刊)の再編集版
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著者プロフィール_
監修:多田富雄 1934年、結城市生まれ。東京大学名誉教授。専攻・免疫学。野口英世記念医学賞、エミール・フォン・ベーリング賞、朝日賞などを受賞。84年、文化功労者。能に造詣が深く、『無明の井』『望恨歌』『一石仙人』などの新作能を手がける。著書に『免疫の意味論』(大佛次郎賞、青土社)『生命の意味論』『脳の中の能舞台』(以上、新潮社)『多田富雄全詩集 歌占』(藤原書店)ほか。2010年没。
写真:森田拾史郎 写真家。1937年、東京生まれ。武蔵野美術大学卒。能や狂言、歌舞伎など、古典芸能の舞台写真を中心に撮影。余分な演出や光を省いた独自の作風で、演者の呼吸が感じられる写真を撮り続け、アメリカ各地での個展開催の実績もある。写真集に『舞踏―森田拾史郎写真集』(ビイング・ネット・プレス)、『飛翔』『道成寺』『舞』(花もよ編集室)、写真提供に『能舞台 歴史を巡る』(建築画報社)など多数。