「香雅堂」山田悠介さん×「NOSE SHOP」中森友喜さん対談|足し算の香水、引き算の香道 ⸺ 香りの東西、初めての対話
伝統的な香道の世界で香木を扱う「香雅堂」の山田悠介さんと、世界のニッチフレグランスを紹介するセレクトショップ「NOSE SHOP」の中森友喜さん。同じ「香り」を展開しながら、これまで交わることのなかった二人が、香木を聞き、香水をテイスティングしながら語り合った。温度、言葉、希少性、そして煙⸺。二つの香りの世界の違いと、意外なほど深い共通点が見えてきた。
香道×ニッチフレグランス、直接出会わなかった二つの「香り」

―香道もニッチフレグランスも、知る人ぞ知る世界ですよね。お互いの領域にどんなイメージを持っていますか?
山田さん:「ニッチフレグランス」という言葉は正直よくわかっていなかったのですが、「NOSE SHOP」のことは開業当時から存じ上げていました。ちょうど香道以外の香りの世界をもっと幅広く知りたいと思っていたので、今日お話しできてとても嬉しいです。
中森さん:海外に行くと、「日本にも香りの文脈というか、香りの歴史があるよね」と香道について聞かれることがよくありました。ただ、私自身は体験したことがなく、そのたびに「そうなんです」というしかなく…。いつか香道を体験したいと思っていました。タイミングが合わずにいたので、今日はすごく楽しみです。
香りを聞く⸺白檀・沈香・伽羅の三炷

―さっそく香木を聞く体験をさせてくださるということで、山田さんよろしくお願いします。
山田さん:今日は、白檀・沈香・伽羅の3種を聞香していただきます。実は先日、「NOSE SHOP」に伺いまして、ニッチフレグランスを体験してみました。そこで、香水にも香木由来の香りが結構使われているのだと驚きまして。特に白檀を使った香水は多いですね。
中森さん:フレグランスの世界では白檀を「サンダルウッド」と呼び、非常によく使われています。「クリーミー」と表現されることが多く、ベースノートの定番です。「NOSE SHOP」で扱う1800種類ほどの香りのうち、半数近くに入っているのではないでしょうか。

山田さん:最初はインド産の白檀の香りを聞いてみましょう。約110度の熱で間接的にゆっくりと温めていきます。右手で香炉を持ち、左手に乗せ、右手をかぶせて「洞窟」のように香りを溜め、ゆっくり3回、深呼吸するように聞きます。500年ほど前に今の形になった香道は、香木を人間にとって一番良い香りとして体験する方法だといわれています。

中森さん:……本当に静かな香りですね。サンダルウッド特有のまろやかさが確かにある。香水のサンダルウッドのクリーミーさには、どこか冷たさがあるのですが、香木は温かくて包容力がある印象です。香道では、香りを表現する言葉の決まりはあるんですか?
山田さん:一つは「六国(りっこく)」という概念で、大まかにいえば産地による分類。伽羅、羅国、真那賀、真南蛮、佐曽羅、寸門陀羅の六つです。そしてもう一つが「五味(ごみ)」。⽢(かん)・酸(さん)・⾟(しん)・鹹(かん=塩っぱい)・苦(く)、の五つの味で細かく表現します。
中森さん:料理の五味とは少し違いがあるのですね。この器の温度も一つの情報として伝わってくるのがいいですね。大切なものを手の中に包んでいる感覚があります。香水には時間による変化がありますが、香木の香りも変化するものなのですか?

山田さん:変化しますよ。香木の質と火加減が良ければ40分くらい楽しめます。どの香木もだんだん甘く、強く濁っていきます。ただ、その木の"本気"が感じられるのは最初の1~2分だけです。
2つ目は沈香です。タイ産の真那賀のものです。加熱すると樹脂部分が断面からぷくぷくと滲み出て、キラキラと光るので、そこも注目して聞いてみてください。
中森さん:すごくエレガントな香りですね。白檀とはまた全然違う。
山田さん:エレガントという表現、面白いですね。この香りを五味で表現すると、甘い、酸っぱい、少し塩っぱいとなります。タイで採れる沈香は、少し塩っぱい感じが特徴なのですが、これは甘さと軽やかな酸味がいい感じに出ていますね。
中森さん:パチョリのような美しい香りの雰囲気もあります。あとは土っぽさやアーシーな要素もある気がします。沈香は「ウード」と呼ばれ、香水にも使われますが、その香りとはだいぶ違う印象です。
山田さん:3つ目は香道における絶対的エースである伽羅を聞いていただきましょう。香水には、伽羅は使われないですよね。だからこそ体験していただけたら面白いのではないかと思いましてご用意しました。
中森さん:素人ながらも伽羅は香道のトップオブトップというイメージがあります。
山田さん:沈香と伽羅は木の種類が同じだというのが、学術的な定説になっています。おそらく50年から100年経たないと沈香は伽羅に変化しないだろう、ということが学術的な論説になっていますが、「50年から100年」と幅がありすぎですよね(笑)。そのように謎が多い香木とされています。ぜひ聞いてみてください。

中森さん:すごい。ちょっと目覚めました。ひと聞きめの衝撃がありますね。トップがクリアで、美しい。
山田さん:最初のクリアな酸味は、1人目、2人目にしか感じられない香りです。伽羅の中には緑、紫、黒といったタイプがありまして、これは「伽羅」を象徴する王道の緑タイプの香りです。どの香木も甘・苦・辛を持っていますが、伽羅にしかない苦さと、少しの辛さがあります。
中森さん:残香もすごく美しいですね。あえて表現すると、炷き始めの伽羅にはフレグランスでいうお茶っぽい軽やかさも少しあった。それがもう消えている、その変化も素晴らしい。

山田さん:香道のお稽古では2時間で15回ほど様々な香木を聞くのですが、終わって屋外に出て、風が吹いたとき、ふっと感じられるのは伽羅の香りということが多いです。
中森さん:雅ですね。情報の幅とボリュームが圧倒的でした。ちなみに香道の時間は、どのようにしてクロージングするのですか?
山田さん:組香(くみこう)という香りを聞き分ける遊びをするなら、正解発表と採点、トップ賞への記録紙の授与という明確なクロージングがあります。
でも今日のような会は、会話ができればそれがゴール。お互いの興味が交わるものを通して仲良くなる時間です。もちろんマニアの方が集まれば「緑の伽羅を三種いただいたけどどうだった?」という微差を楽しむ会もあり得ます。どれも正解です。
中森さん:白檀をサンダルウッドと呼んだり、クリーミーなんて表現をさせてもらったり、こんなに自由に発言していいのだろうかと思っていたんです。でも、「こうしなきゃいけない」ではなく、それぞれ香りを感じながら、みんなで意見交換する。すごく楽しい時間ですね。
山田さん:いろんな方と香りを通して文化的な交流ができることが大事だと考えているので、自由に楽しんで、表現していただいていいんですよ。
うちの源流は京都にある200年続く香木店ですが、伝統を守るのは京都の方たちが得意なので、開いていくことが東京に拠点を構える僕らの役割だと思っていますから。
香りに出会い直した⸺足し算の西洋、引き算の香道
―世界のパフューム文化に精通する中森さんから見て、香道とフレグランスの共通点、あるいは違いはありましたか?
中森さん:沈香(ウード)の香りは、フレグランスの世界では「中東のイメージ」だと考えられています。でも実際に体験すると、日本に古くからある雅な世界の中でずっと生き続けてきた、完成された日本の美しい香りだったのだと気付かされました。エキゾチックというイメージがインストールされていた身からすると、平衡感覚が狂うような体験になりましたね。香りに出会い直したというか。
それと、西洋の香りの文化は「足し算」でできていますが、香道は狭く、深く追求していく「引き算」。狭いからこそ、そこに広がる宇宙がある。かなり高度に頭を使う世界なんだなと感じました。
山田さん:逆に僕らはすごく狭い範囲で分類しようとしていると気づかされましたね。
中森さん:僕らはパフュームの言葉にとらわれず、自分がどう感じるのかを言葉で表現していこうという「香りの言語化」を提案してきました。ただ、言葉はラベルなので、貼った部分は見えるけれど、貼っていない部分が見えなくなることもある。今日はあえて言葉にせず、香りそのものを「聞く」という体験を、目の前で繰り広げられる美しい世界観も含めて丸ごと味わうことができました。それが僕としてはすごく良い体験になりました。
ニッチフレグランス体験⸺空想の香り、世界の終わり、分子一つの香水

―ここからは中森さんにニッチフレグランスの世界を案内してもらいましょう。最初の香りについて教えてください。
中森さん:「現代香水の始祖」をお持ちしました。西洋の香水は、11~12世紀頃にアルコールの純化と蒸留という二つの技術が確立して、自然物から取り出した香りのエキスとアルコールを混ぜ合わせることで完成したといわれています。バラやジャスミンなど、自然界にある美しい香りの再現が、もともとの調香師の仕事でした。
19世紀に入ると、産業革命により工場で科学的に香りの分子を作れるようになります。それが合成香料です。最初に使われた合成香料が、桜の葉にも含まれる「クマリン」でした。
山田さん:クマリンは、お香でもよく使われています。
中森さん:そのクマリンを使って作った最初の香水がこの「 フジェール ロワイヤル(高貴なシダ)/Houbigant」です。この香水が生まれた背景が面白くて、当時、イギリスでは温室でシダ植物を育てるのが貴族から庶民にまで広がる大ブームになっていたそうです。その頃フランスでは、「アングロマニア」というイギリスのライフスタイルに憧れ模倣する社会的トレンドがありまして。そのイギリスのシダブームに強い憧れを抱いたフランスの上流階級が、シダを香水にしようとした。ところがシダ植物には香りがありません。そこで調香師は「もしも神様がシダに香りを与えたなら、どんな香りがするのだろう」と考えて生まれたのが、この香水です。人間が空想で作った初めての香水なんです。
この香水にはラベンダーも入っています。西洋ではラベンダーは男性的な香りの代表とされていますが、そのきっかけも「フジェール ロワイヤル」でした。大ヒットにより似た香調のものが無数に作られて、「フゼア系」と呼ばれるようになり、男性向け香調の定番になっていきます。雄々しい男ではなく、ラベンダーが香るような繊細な男性——新しい男性像の転換点にもなったんです。世界で初めて合成香料を使い、空想から香りを生み出し、男性像まで塗り替えた、エポックメイキングな香水です。

山田さん:それまでのバラやジャスミンなどの"ザ・お花"が主流の中、この香りがいきなり現れたら、相当なギャップですね。何かを模したのではなく、空想というのも面白いですね。
中森さん:僕は香水を構成する要素として、「香り」「ビジュアル」「ストーリー」の三軸があると考えています。ニッチフレグランスは空想の割合が激しく、そこが面白さだと思っています。
次は「ラ ファン デュ モンド/Etat Libre d'Orange」、フランス語で「世界の終わり」という意味の香りです。
山田さん:世界の終わりの香りって、どんな香りなんでしょう。炎とか、燃えているような煤っぽい香りとかなのでしょうか。
中森さん:そんなイメージですよね。世紀末の退廃的な世界の灰や火の香り。ところがこの香水はポップコーンの香りなんです。
山田さん:え、ポップコーンなんですか?どんな妄想があるのか聞きたくなりますね。
中森さん:「世界の終わりは映画の中だけのものであってほしい」という願いから。スクリーンからは香りはしない。だけど、手元のポップコーンは香るということです。
山田さん:ストーリーが面白いですね。
中森さん:最後にポップコーンの塩気が少しだけ感じられます。タイトルから想像する乱暴な香りではなく、とてもハッピーでまとまりのある香りです。これは食べ物を思わせる「グルマン系」といわれるジャンルにある香水です。登場当時は、「食べ物の香りを身に纏うの?」とセンセーショナルでした。
今はそこからかなり洗練され、お菓子そのもののような香りもあれば、小麦の香り、ほうじ茶や抹茶のようなティーノートまで、「ネオグルマン」として一大ジャンルになりつつあります。この「モノノアワレ/Baruti」も抹茶とローストナッツが感じられる「グルマン系」です。

山田さん:香ばしくていい香りですね。これは抹茶から抽出したエキスが入っているわけではないんですよね。
中森さん:一部入っているかもしれませんが、それがメインではありません。ナッツの要素と合わさることで、少しほうじ茶っぽい温度も感じますよね。
山田さん:「モノノアワレ」という名前ですが、日本のブランドなんですか?
中森さん:オランダ人調香師のブランドで、日本発の香りとして作られたものではないんです。
山田さん:マーケットの広さを感じますね。トレンドが生まれるほどの市場の広さは、お香にはないと思うので、羨ましくもあり、とても面白そうです。
中森さん:フレグランスは歴史的にフランスで発展した文化ですが、今は世界中に広がって各国でものづくりが行われています。中国では今フレグランスブームが来ていて、「国潮(グオチャオ)」⸺自分たちの国の文化を現代的にモダナイズしてかっこよく見せるムーブメントとフレグランスがすごくうまくマッチしているんです。

山田さん:なぜ香水は世界で同時多発的に盛り上がっているのでしょうか?お香が世界でトレンドになっているかというと、なっていない気がします。
中森さん:自己表現の一環だと思います。香水という寛容なフォーマットは、自国の文化や歴史といったアイデンティティと結びつけやすい。僕ら40代、50代はどうしても「フランス最高」「イタリアかっこいい」という西洋への憧れがありましたが、今の新しい世代はその憧れが壊れ始めていて、「韓国も中国もかっこいいじゃん」「自分の国もかっこいいよね」と思っている。この世代間の違いは大きいと思います。
―日本でも、香道に立脚した新しいフレグランスが生まれる可能性はあるのでしょうか?
中森さん:あると思います。実際、老舗のお香メーカーである日本香堂さんが、ニッチフレグランスに近い文脈で、新しい香水ブランド「Nowas」を立ち上げています。今日お持ちした「アクト」は、「戦に向かう朝」がコンセプト。実際に戦国時代には戦の前に香を焚く文化があり、それを表現しているそうです。トップに柚子、ほんのりとウード。キリッと精神を磨く、気を整えるような香りですよね。コンセプトも含めて非常に攻めた新しいブランドだと思います。日本の文化とパフュームの融合の一つの形ですね。

―もう一つお持ちいただいた香水はなんですか?
中森さん:香水は「足し合わせる」ことが重要で、調香は美しい技術体系として培われてきた。それを台無しにした香りです(笑)。これは「イソ・イー・スーパー」という、このブランドを手掛ける調香師が好きな芳香分子一種だけで作ってしまった香水「モレキュール01/Escentric Molecules」です。
山田さん:これが単一の香りですか? いろいろ混ざっているように感じます。
中森さん:そう感じますよね。発売当時、香水ファンからは「調香の放棄だ」と大批判を浴びました。でも一種しか使っていないからこそ、肌に乗せるとその人の体臭とうまく融合して、その人独自の香りになっていくというマーケティングでヒットしました。マニアからは大批判、ライトユーザーからは大歓迎という賛否両論の香りです。発想の転換ですよね。これも一つのニッチな戦い方だなと思っていて、僕自身は大好きな香水です。
知らないことを知った⸺二つの世界のこれから
―今日、普段とは違う領域の香りを体験してみての感想と、今後のインスピレーションがあればぜひ。
山田さん:すごく面白かったです。僕は香道・香木をいろいろなものと比べて、香りを相対化して楽しみたいのだなと実感しました。もっと掘り下げて聞きたいですし、また勉強し合いたいです。お香の文脈で香水を作ったらどうなるかというのも考えてみたくなりましたね。逆に「NOSE SHOP」的な発想でお香を作ったらどうなるかも気になります。掛け合わさることで面白くなる可能性が無限大だと思いました。
中森さん:「知らないこと」って、知るまでは認識できていないことが多いですよね。今日初めて、自分が知らなかったことを認識できた。僕らは香りにラベルを貼ることを一生懸命やってきましたが、体験全体として香りを丸ごと楽しむことの豊かさを、今日改めて実感できました。本当にいい時間をいただきました。
分野は違えども、嗅覚を使ってどう世界が豊かになるかを追求している同志に出会えてうれしいです。ぜひ今後も情報交換しながら、会社同士でも面白いことをやっていきましょう。
手の中の香炉から立ち上る香木の繊細な一筋と、ムエットの上で花開く空想の香水。異なる二つの世界の専門家が、互いの香りに素直に驚き、言葉を交わし合う時間となった。足し算の西洋と引き算の東洋⸺その交差点に、次の時代の香りの楽しみ方の可能性が垣間見えた気がした。
プロフィール
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山田 悠介(麻布香雅堂 代表)
1986年生まれ、慶應義塾大学経済学部卒業。IT系企業を経て、2011年香雅堂に入社。香道志野流・茶道表千家門弟。美術館やブランドなどのオリジナル香や、香りの空間演出ディレクション、トークイベントなど、お香にまつわることを幅広く手がけ、様々な文化との「お香の交差点」を目指している。
中森 友喜(NOSE SHOP 代表)
日本初のニッチフレグランス専門店「NOSE SHOP(ノーズショップ)」の代表取締役。国税局で国税調査官として勤務後、ファッションイベントの立ち上げや、アパレルブランドのCEOとして活躍するなど、異色の経歴を持つ。2017年8月にNOSE SHOPをオープン。オープン当初から現在まで、取り扱う1,700種類以上の香水のセレクトと、ストーリーの翻訳を手掛け、その取扱品種の幅広さと翻訳の量は日本随一を誇る。NOSE SHOPが運営するポッドキャスト番組「香りと言葉のラジオ『NOSE knows』」でパーソナリティを務めるほか、雑誌、WEBメディア、新聞、ラジオなど数々のメディアにてニッチフレグランスを中心とした香水市場の動向をナビゲート。さらに、フレグランスにまつわるアワードにて審査員を務めるなど、日本における香水市場の拡大を目指して多岐にわたって活動している。
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