Gift Story 〜センスの達人に聞く、忘れられない贈りものの話。
香りの伝道師・中森友喜さんに聞く、ギフトの思い出
日本初のニッチフレグランス専門店「NOSE SHOP」代表の中森友喜さん。「香りは過去の思い出を呼び起こすタイムマシンになりうる」と語ります。その言葉を手がかりに、香りとギフトにまつわる思い出をたどりました。ニッチフレグランスの魅力と香りをギフトで贈る時のヒントについても教えてもらいました。
気遣いが伝わるギフトが、記憶に残る

ニッチフレグランスを専門に扱うセレクトショップ「NOSE SHOP」。1月9日にオープンした「NOSE SHOP SALON」を訪ねると、そこにはアートの展覧会のように美しいボトルがずらりと並んでいた。ニッチフレグランスとは、大手ブランドが展開するマス向け香水とは異なり、調香師の芸術性や強い世界観を重視し、少量生産でつくられる個性的な香水のことだという。
「ニッチフレグランスの根底には、大手ブランドに対するカウンターカルチャー的な発想があります。多くの作り手は、“フレグランス”というキャンバスの中で“空き地”を探すような感覚でクリエイションを行っています。『300本しか作りません』ということを平気でやる世界なので、どうしても希少で高価になりがちです。ただ、あえて手に取りやすい価格帯で展開するブランドもあります。それもまた、キャンバスの中の空き地を狙うための一つの戦略です。
それぞれの作り手が『誰もやっていないことをやろう』という気持ちで生み出している。それが、ニッチフレグランスです。」

一時は“香水砂漠”と呼ばれるほどだった日本だが、最近は20代のZ世代、α世代を中心に、自分のアイデンティティの一つとして、香水が注目されているのだそう。
「20代のお客様に聞くと、メイクや服は誰かとかぶってもいいけど、フレグランスだけはかぶりたくないという方が多い印象です。『いい香りだね』と友達に聞かれても、ブランド名だけ答えて、細かい名前までは教えないほど。そんなふうに若い方にとって、香水はアイデンティティの一部となってきているようです。
ニッチフレグランスは、香り、コンセプト、ビジュアルが一体化したアート活動とも捉えられるので、それが自分の個性を大切にしたいと思う方々に受け入れられているのかもしれない。強い個性のあるニッチフレグランスだからこそ、香りがお守りになり、自分を表現する一つのツールになっているのだと思います」

ローマ教皇の祭服を手がけることでも名高いキリスト教の祭服専門のアトリエ·LAVSでオーナー兼デザイナーを務める奇才フィリッポ·ソルチネッリのフレグランス。もともと教会に祭服を納品するときに香りでラッピングする習慣から生まれたブランド。表面の布が全部つながっており、同梱されたハサミで開封する「ネ イル ジョルノ ネ ローラ」(写真左下から2番目)など。香りだけでなくビジュアルも含めた全体感でコンセプトを一貫させるのがニッチフレグランスの特徴の一つ。

コンセプトがはっきりしているニッチフレグランスゆえにとっつきにくい香りをイメージされがちだが、意外にもそんなことはないのだそう。日本の茶道をモチーフにした「ザタイム/Thoo」(写真左)、シルクロードを通ってトルコに献上された中国産の烏龍茶をイメージした「ウーロンチャ/Nishane」(写真右)など、お茶系の香りは、香水に馴染みがない人でもつけやすい。
記憶に残る3つのギフト
これまでにもらったギフトの中で、特に印象に残っているものが3つあるという。
ひとつ目は、香水業界の知人から贈られたクラフトジンだ。

ギフトでいただき、気に入って同じジンを再度購入したもの。
「スペインに住んでいる香水業界の方で、カンヌで会ったときに『これ絶対好きだと思うから』って、ジンをくれたんです。以前、僕が『ジンが好き』と話したことを覚えていてくれて。何気ない会話だったのに、それを覚えてくれていたこと自体がすごくうれしかったですね。こんな人になれたらいいなと思いました。
それは2019年にエストニアで初めてつくられたクラフトジンだったのですが、最近ジンをいろいろ飲んでいる中でもかなり好みでした。普段はトニックで飲むことが多いんですが、これは『ソーダで飲むとおいしい』と言われていて。実際にソーダで割ると、ジュニパーベリー特有のソーピーさが抑えられて、すごく華やか。ハーブの香りはすっきりしているのに、飲んでいくと複雑に変わっていく感じが心良いジンでした」
さらに心に残ったのが、ボトルサイズだったという。
「小さいボトルをくれたんですよ。海外出張で荷物も多いだろうからって、『さわりだけでも』と。その気遣いが、すごくうれしかったですね」
ギフトが新しい縁をつないだ瞬間

2つ目は、2025年4月にパリを訪れた際の出来事だ。取引のあるフレグランスブランドのオーナーとランチをしていたとき、思いがけない贈り物を手渡された。
「『NOSE SHOP』には林という共同創業者がいるんですが、『ぜひ彼女にこれを持って帰ってほしい』と言って、『Trudon』のフレグランスキャンドルをくれたんです。『ジョセフィーヌ』という、ナポレオンの奥様のバラ園をイメージした香りでした。フレグランスのプロが、自分のブランドじゃないものを贈るということにも驚きましたが、話を聞くとフランス人にとって『Trudon』のキャンドルは特別な存在のようで、ベンチマークにしているブランドだと教えてくれて。あらためてそのブランドの存在感を知ることになる出来事でした」

このギフトをきっかけに、「Trudon」は再び日本での展開につながることになる。
「以前、日本には入っていたんですが撤退していて、『NOSE SHOP』では扱っていなかったんです。でも、このキャンドルがきっかけで「Trudon」にお話を聞きに行って、取り扱うことが叶いました。ギフトが結果的にビジネスのきっかけにもなった。そういう意味でも、すごく印象に残っています」
「今動け」と言われた、忘れられない言葉
3つ目は、モノではなく「言葉」のギフトだった。それをくれたのが、ニッチフレグランス界のカリスマ的存在ともいえる「Nasomatto」「Orto Parisi」の創業者 兼 調香師、アレッサンドロ·グアルティエーリだ。
「彼は、約10年前に『NOSE SHOP』をつくるきっかけをくれた人なんです。日本は、今でこそ若い世代が香水を楽しんでいますが、当時は百貨店やセレクトショップに持ち込んでも『売り方がわからない』『誰が買うの?』と断られる時代でした。それなら自分たちで売るしかないと思ったところが『NOSE SHOP』の構想のはじまりです」。
構想はありつつも、なかなか踏み出せずにいたとき、背中を押してくれたのがアレッサンドロの言葉だった。

アレッサンドロからもらったメッセージ入りハンカチ
「実は以前から『いつかあなたの香水を扱いたい』とラブコールを送り続けていたのですが、ずっと無視されていたんですよね。なのに、ある日突然『明日東京に行く』と連絡が入り、会うことができました。東京を案内しながら、『日本には香水文化がないから、どこでどう売ったらいいかわからない。でも、いつかあなたのブランドを扱いたい』と話したんです。そしたら、『その“いつか”っていつなの? 今動くべきでしょ』と言われてしまって」
香水は30cmあれば売れる。でも、その30cmすら“いつか”と言っているなら、絶対にできない――。
その言葉でギアがかかり、「NOSE SHOP」実現へ動き出したという中森さん。その後、「NOSE SHOP」は店舗を複数展開するまでに拡大するわけだが、最近もまたアレッサンドロから金言を預かることになったのだという。
「先日、来日した際、うちの店でイベントをしてくれることになりました。彼のクリエイションは徹底していて、会場の空間や動線はもちろん、ギフトをここで渡す、映像はこのタイミングで流すなど体験のすべてを考えて、指示していましたね。講演会も彼が香水を振り掛けながら話すなど、彼の作り出すクリエイションに包まれるような時間でした。一方で、オフの時になると落ち着いたビジネスマンになる。講演会での振る舞いの理由も含めて、理路整然と話してくれるんです。その場でも10年前と同じように金言をいくつももらいました。突然現れて、言葉のギフトをくれて去っていく。毎回、僕の転機になる人ですね」

写真左が「リズヴェリウム/Orto Parisi」。柑橘やシナモン、ハーブが全面に来て穏やかな印象ながら、肌につけることで、スモーキーな香りが生まれる。写真右「ブラマージュ|失敗/Nasomatto」。
その日、彼が振りかけていたのは、覚醒をテーマにした「リズヴェリウム」。その香りを嗅ぐと、その日のことを思い出すという。
「香りって、記憶や感情とものすごく強く結びついているんですよね。嗅覚の情報は、記憶を司る領域に直接届くので、一気に過去がよみがえることがある。まさにこの香りにひっぱられるように僕も新しい気づきと覚醒をもらった。あの1日こそが彼からのギフトだったなと。この香水を嗅ぐと彼の言葉とあの日を思い出しますね」
中森氏がギフトを選ぶときに大切にしていること

ディスカバリーセット 11種/Maison Matine。メゾンマティンの全ての香りがひとつになったお試し用のセット。新しいお気に入りを見つける香り選びの旅。大切な人へのギフトにも。各2mlサイズのスプレーボトル。空気が乾燥する秋冬は香りが綺麗に香るので、新しい香りをはじめるのに最適なシーズンなのだそう。
フレグランスをギフトとして選ぶことについて、中森氏はこう話す。
「正直、香水をギフトで贈るのは難しいと思います。本当に好みが人それぞれなので。だからこのディスカバリーキットのように、少量ずつ試せるものは贈りやすいですね。日によって香りを変えられますし、好きな香りを見つけてもらえるかもしれない」

ムスク系の「ニードユー/Laboratorio Olfattivo」(写真右)とマンダリンの柑橘香とムスクを合わせた「マンダリーノ/Laboratorio Olfattivo」(写真左)。肌にのせることで初めて香りが完成するという意味から名付けられている「ニードユー」は、贈り物としても意味を重ねやすいネーミング。フレグランスの名前やコンセプトなどに意味を掛け合わせるというのも、コンセプトがしっかりしているニッチフレグランスならではの選び方。
「香りの種類でいうと、柑橘やムスクは比較的万人受けしやすいですし、ムスクは肌につけて初めて立ち上がる香りなので、人によって香り方の違いがわかりやすいのも面白いところです。
香水を重ねてつけるレイヤリングという楽しみがあるのですが、そのときにもムスクや柑橘は使いやすく、失敗が少ない。手持ちの香水と合わせて使えるという点でもギフトで贈りやすい香りだと思います」
最後に、ギフト選びで大切にしていることを、こう言葉にした。

「香りの輪を広げていくこと自体が、自分のライフワークでもあるので、やっぱり香りのアイテムを贈ることが多いですね。自分では『KO-GU』という、日常に香りを取り入れるアイテムのブランドも手がけていて、そのラインナップにある柔軟剤やバスソルトは、相手の好みがわからないときのギフトとしてよく選びます。
直接、フレグランスをプレゼントしなくても、フィリッポ·ソルチネッリが祭服に香りをまとわせたように、香りのラッピングをするというのもギフトのアイデアになるかもしれません。
親しい人であれば、最初に話したジンのエピソードのように、会話のなかに相手が喜ぶもののヒントが隠されていると思っています。昔の会話や記憶を引っ張り出しながら考えます。そうやって相手の欲しいもの、もしかしたら相手自身もまだ気づいていないもの、そういうものをうまく探してくる人がギフト上級者なんじゃないかなと。そういうギフトをもらうとすごく刺さりますよね。ジンの例も、まさに自分が普段から心がけていることだったからこそ、いっそう印象に残ったのだと思います」
プロフィール
─
中森 友喜(NOSE SHOP 代表)
日本初のニッチフレグランス専門店「NOSE SHOP(ノーズショップ)」の代表取締役。国税局で国税調査官として勤務後、ファッションイベントの立ち上げや、アパレルブランドのCEOとして活躍するなど、異色の経歴を持つ。2017年8月にNOSE SHOPをオープン。
オープン当初から現在まで、取り扱う1,500種類以上の香水のセレクトと、ストーリーの翻訳を手掛け、その取扱品種の幅広さと翻訳の量は日本随一を誇る。
NOSE SHOPが運営するポッドキャスト番組「香りと言葉のラジオ『NOSE knows』」でパーソナリティを務めるほか、雑誌、WEBメディア、新聞、ラジオなど数々のメディアにてニッチフレグランスを中心とした香水市場の動向をナビゲート。さらに、フレグランスにまつわるアワードにて審査員を務めるなど、日本における香水市場の拡大を目指して多岐にわたって活動している。