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100年経っても、未来の話。星新一をもう一度読んでみる。

100年経っても、未来の話。星新一をもう一度読んでみる。

たった数ページなのに、読み終わったあと、世界がちょっと違って見える。星新一のショートショートには、そんな不思議なところがある。 『ボッコちゃん』『おーい でてこーい』『きまぐれロボット』。タイトルを見て「あ、学校で読んだ」と思った人もいるかもしれない。そんな人にこそ、大人になった今、もう一度読んでみてほしい。 2026年は、星新一の生誕100年。それを記念して、新潮文庫から『きまぐれカプセル』が刊行された。新聞や雑誌、企業のPR誌や会報などに書いた文章から、これまで書籍や文庫に収録されていなかったエッセイ91編をセレクト。さらにショートショート3編を加えた一冊だ。 ところで、星新一ってどんな人? 1926年、東京生まれ。本名は星親一。 東京大学農学部農芸化学科を卒業し、父が創業した製薬会社で一時社長を務めた。つまり最初から文学青年として作家を目指していた人、というわけではない。 そして1950年代、空飛ぶ円盤研究会に入会する。なんとも星新一らしい入口だ。そこからSFの世界と出会い、1957年には日本初期のSF同人誌「宇宙塵」の創刊に参加。作品が江戸川乱歩の目に留まり、作家への道が開けていく。 後に星新一の代名詞となったのが、「ショートショート」だった。短い。文章もシンプル。登場人物の細かなプロフィールや、情緒的な風景描写もほとんどない。その代わりに出てくるのは、ロボット、宇宙人、薬、会社、広告、便利な機械。 未来の道具を次々と登場させながら、星新一が観察していたのは、どうやら未来そのものではなく、それを手にした人間のほうだった。欲張ったり、怠けたり、騙したり、便利さを追い求めすぎたり。未来になっても、人間は案外変わらない。そこが面白い。 1983年には、自ら目標に掲げていたショートショート1001編を達成。『ボッコちゃん』『ようこそ地球さん』『悪魔のいる天国』『妄想銀行』など、今も読み継がれる作品を残した。   未来を書いたのに、古くならない。 星新一を今読むと、ときどきドキッとする。 便利になりすぎた社会。人間の代わりに働く機械。情報に振り回される人々。効率を追いかけた結果、妙なところへ辿り着いてしまう世界。もちろん、スマートフォンも生成AIもない時代に書かれた物語だ。なのに、「これ、今の話じゃない?」と思ってしまう。 未来を正確に予言したから、というだけではない。テクノロジーが変わっても、その前で右往左往する人間の欲望や滑稽さは、それほど変わらない。星新一はそこだけを、まるで実験室で不純物を取り除くように抽出して物語にした。農芸化学を学んだ人だから、と言ったら少し出来すぎだろうか。 余計なものがない。だから古びない。ショートショートという小さな器の中に、人間という生き物の妙な性質が、標本みたいにきれいに収まっている。 100年目に見つかった、知らない星新一。 そんな星新一の生誕100年に刊行されたのが、『きまぐれカプセル』。面白いのは、単なるベスト作品集ではないところだ。 空飛ぶ円盤に熱中した理由。5000年後へ送るタイムカプセルに何を入れるか。江戸川乱歩や小松左京、和田誠との交流。幼少期から晩年まで、本人が自分について書いた文章を時系列で読むことができる。つまりこれは、ちょっと変わった「星新一の自伝」でもある。 さらに気になるのが、今回収録された3編のショートショート。なかでも「聖地」は、生誕100年となる2026年、遺品のなかから下書きの状態で発見された未発表作だ。次女の星マリナさんによれば、比較的大きな字で書かれていることから、かなり初期の作品と考えられるという。 そして、そこに登場するのが、「なんでもできるけれど、電気代がかかる」存在。AIの消費電力が話題になる2026年にこれが出てくる。出来すぎた話みたいだけれど、本当の話だ。   表紙を飾るのは、盟友・真鍋博 装画は、星作品のイラストを初期から数多く手がけた真鍋博(1932〜2000)が担当した。『ボッコちゃん』『ようこそ地球さん』など、初期から数多くの星作品の装画を手がけた盟友だ。 シャープな線、機械、都市、未来。少しユーモラスで、少し不穏。星新一の乾いた文章と真鍋博のグラフィックは、いま見ても驚くほど相性がいい。新刊なのに、どこか古いSF文庫を古本屋で見つけたような感じがするのは、そのせいかもしれない。本というのは文章だけでできているわけじゃない。装丁も含めて記憶に残る。そんなことまで思わせてくれる一冊だ。 100年前に生まれた人が、半世紀以上前に考えた未来。そこに、AIと暮らす2026年の僕たちがいる。 数ページ読んだあと、スマートフォンやAIや、便利すぎる毎日の景色が、ほんの少し違って見えるかもしれない。 _______________ INFORMATION 『きまぐれカプセル』星新一 著新潮文庫2026年8月28日発売エッセイ91編+ショートショート3編収録URL: https://www.shinchosha.co.jp/book/109855/
名画は、見るほどに面白くなる。500点の傑作を読み解く『完全解読 世界の美術』

名画は、見るほどに面白くなる。500点の傑作を読み解く『完全解読 世界の美術』

美術館で名画を前にして、さて、どこを見ればいいのだろう。 色なのか、構図なのか。描かれた人物の表情なのか。もちろん、ただ眺めるだけでも絵は楽しいのだが、その一枚に隠された意味や時代背景を少し知るだけで、それまで見えていなかったものが、ふっと浮かび上がってくることがある。 そんな「見るための目」を育ててくれる一冊が登場した。 英国の出版社DK社による『完全解読 世界の美術』。洞窟壁画からルネサンス、印象派、北斎、そして現代のグラフィティ・アートまで。古今東西500点以上の作品を、512ページの大ボリュームで紹介する美術書だ。   名作を、細部から読み解く。 この本の面白さは、単なる美術史の図鑑ではないところにある。 作品を大きな図版で見せながら、ある部分へぐっとフォーカスする。なぜこの色が使われているのか。この人物は誰なのか。画面に描き込まれた小さなモチーフは何を意味するのか。構図にはどんな仕掛けがあるのか。 一枚の作品を部分から読み解いていくことで、知っているつもりだった名画が、まったく違う顔を見せはじめる。 フェルメールも、ダ・ヴィンチも、ゴッホも、北斎も。作品についての知識を増やすというより、自分の目で発見するためのヒントをもらう。そんな感覚に近い。   本書P132~P133より 本書P467より 西洋美術だけではない、世界の美術史。 本書P275より もうひとつ、この本で注目したいのが、その視野の広さだ。 いわゆる西洋美術の名作だけでなく、日本を含むアジア、アフリカ、中南米の作品や、これまで美術史の中心では十分に語られてこなかった女性芸術家たちも数多く登場する。 先史時代から現代までを辿る章立ても、地域をひとつの中心から眺めるのではなく、同じ時代に世界のあちこちで生まれていた表現を並べて見せてくれる。 たとえば、ルネサンスの隣にはアステカ文明やベニン王国、明代の絵画や雪舟・狩野派がある。 美術史を一本の線として覚えるのではなく、世界各地で同時進行していた文化の地図として眺めてみる。そんな読み方ができるのもいい。 例えば、風景画だけを時代を超えて見てみる。 本書P322~P323より   さらに面白いのが、時代や地域とは別に設けられたテーマ展示。 自画像、風景画、静物画、神話画、動物画、戦争画など、共通するテーマを持つ作品を時代横断で並べている。 年代順に美術史を追うのとは違い、同じモチーフが場所や時代によってどう変化したのかを比較できる。自宅で小さなキュレーション展を開くような楽しさだ。   「名作が名作である理由」 本書P492~P493より 巻末には300人以上の芸術家プロフィールも収録。 気になる作家を調べたり、展覧会へ出かける前に予習したり、見てきた作品について帰宅後にもう一度ページを開いたり。辞書のように使うこともできれば、休日にコーヒーを飲みながら、気の向くままページをめくる画集にもなる。 先日逝去された評論家の山田五郎さんは本書について、美術史だけでなく、なぜ名作が「名作」とされるのかを学べる一冊として推薦コメントを寄せている。 美術に詳しくなるため、というよりも、美術を自分の目でもう少し面白く見るために。 一生ものの鑑識眼は一日では手に入らないが、その入口はこの一冊で開く。...
知と美をめぐる、新刊案内|『はじめての能』— 名作能50選を、物語と写真で味わう入門書

知と美をめぐる、新刊案内|『はじめての能』— 名作能50選を、物語と写真で味わう入門書

  はじめての“能”は、美しいビジュアルとともに。 千年を超える歴史を持つ、日本の伝統芸能・能。その静謐で奥深い世界に、「難しそう」「敷居が高い」と感じている人も多いはず。 そんな“能ビギナー”のために、まるで美術書のような一冊が登場した。その名も『はじめての能』(世界文化社)。 古典芸能の世界に一歩踏み込むのは、たしかに勇気がいる。だが本書は、その最初の一歩を美しいビジュアルとわかりやすい解説で導いてくれる。   構成は三章。「男の物語」「女の物語」「鬼・怨霊の物語」──たとえば、子を思う母の果てなき旅『隅田川』、美女に化けた鬼が舞う『紅葉狩』、愛と執念が激突する『道成寺』。人間の情熱と祈りを描いた50演目を、あらすじと舞台写真で立体的に紹介する。   舞台写真の美しさは圧巻。光と影が織りなす能面の表情、衣装の繊細な織り、舞台の張り詰めた空気感。   能を「難しそう」と感じる理由のひとつは、何が起きているのかがわかりにくいからだろう。だが、あらすじを知ると、ゆったりした動きの中に濃密なドラマが見えてくる。 “静の芸術”と呼ばれる能の内側には、激しく、人間らしい情熱が脈打っている。愛、執念、別れ、祈り…。古典でありながら、実は驚くほど現代的なテーマにあふれていることに気づかされる。 観る前に読めば、舞台への理解が深まる。観たあとに開けば、余韻がより豊かに残る。能との距離をぐっと近づけてくれる、まさに“観能のガイドブック”だ。     巻頭では、舞台構造や登場人物の役柄、装束の意味、鑑賞の作法までをわかりやすく解説。知らなくても楽しめるけれど、知っているともっと面白い。そんな“教養としての能”が、ここにある。 この秋、少し背筋を伸ばして「能」という文化と向き合ってみてはどうだろうか。   _______________ 書籍情報─ 『はじめての能』 著者:監修:多田富雄、写真:森田拾史郎発売日:2025年10月23日価格:2,200円(税込)判型:A5判・128ページ/オールカラー発行:世界文化社備考:『新版 あらすじで読む名作能50選』(2015年刊)の再編集版 _______________   著者プロフィール_ 監修:多田富雄 1934年、結城市生まれ。東京大学名誉教授。専攻・免疫学。野口英世記念医学賞、エミール・フォン・ベーリング賞、朝日賞などを受賞。84年、文化功労者。能に造詣が深く、『無明の井』『望恨歌』『一石仙人』などの新作能を手がける。著書に『免疫の意味論』(大佛次郎賞、青土社)『生命の意味論』『脳の中の能舞台』(以上、新潮社)『多田富雄全詩集 歌占』(藤原書店)ほか。2010年没。   写真:森田拾史郎 写真家。1937年、東京生まれ。武蔵野美術大学卒。能や狂言、歌舞伎など、古典芸能の舞台写真を中心に撮影。余分な演出や光を省いた独自の作風で、演者の呼吸が感じられる写真を撮り続け、アメリカ各地での個展開催の実績もある。写真集に『舞踏―森田拾史郎写真集』(ビイング・ネット・プレス)、『飛翔』『道成寺』『舞』(花もよ編集室)、写真提供に『能舞台 歴史を巡る』(建築画報社)など多数。
花と地球の瞬間を映す、蔦谷ヨシミツ氏初のアートブック『E art H』が日仏同時発売

花と地球の瞬間を映す、蔦谷ヨシミツ氏初のアートブック『E art H』が日仏同時発売

- 「 五元素」×「花」を通してEARTH( 地球)と人間の存在を再考するアートブック ハイブランドのデコレーションやブルガリホテル東京のフラワーデザインを手掛けるフラワーアーティスト・蔦谷ヨシミツ氏。彼の初となるアートブック『E art H(イー・アート・エイチ)』が、10月10日、日本とフランスで同時に発売された。 タイトルの『E art H』には、Earth(地球)の中にArt(芸術)が息づいているという遊び心が仕込まれている。本書は、「Fire / Air / Earth / Space / Water」という五つのエレメントをテーマに、自然や生命の儚さと調和を花と写真で描き出している。見る者の内面へと静かに問いかける一冊だ。 撮影地は、屋久島、東京、北フランス、パリ。異なる気候と文化の地で撮影された花々は、それぞれの土地の空気や温度を纏い、静かに存在を放っている。 本書のディレクションを担ったのは、パリを拠点に活動するクリエイティブディレクター AiTamura-R.。彼女の審美眼のもと、撮影はロンドン在住のフォトグラファー Paola Peroni に託された。アートディレクションを手がけたのは、パリで長年活躍する Éric Pillault。それぞれの感性が呼応しながら、「花で描く地球というアート」を立体的に描き出している。   - 「E art Hを制作するにあたり、僕が大切にしたのは“その瞬間”でした。」 蔦谷氏はそう語る。「設計図から始めるのではなく、感情やインスピレーションを信じて制作に向き合いました。フランス語でいう“スポンタネ(spontané)”——自然発生的な創造の感覚。花も僕らと同じ生命体です。だからこそ、思考ではなく感覚を頼りに、少しでも彼らに近い視点から表現したいと思いました。」 その言葉どおり、本書には計算や演出を超えた“偶然に宿る美しい調和”が息づいている。   出版記念イベントのデモンストレーションで、まさにスポンタネなアレンジメントを見せてくれた蔦谷氏。...